今回は「柔軟でいることを忘れてはいけない」ということについて書こうと思います。
自分の芯が通っていることってとても良いことだと思います。
でもそれが行き過ぎて自分の考え、意見が絶対だという状態になるのは危険なことなんです。
自分の考えや意見というのは言ってしまえば、一点からのもので、物事のすべてを把握できているわけではありません。
なのに、それが物事のすべてだと思うのは実は物事をフェアに見れていないということでもあると思います。
そこで自分の不完全さを補ってくれるのが周囲の人なんです。
周りの人から言われて、
正直グサッと来たけど、よくよく考えたらその通りかもしれない……
と思った経験はありませんか?
ハッと目が覚める感覚というか、自分の視野が狭くなっていたなと気づく感覚です。
私はその経験があり、私の場合は母でした。
母に感謝するとともに、自分の考えに自信を持ちすぎることの怖さも思い知りました。
それからは自分の考えだけではなく、他人の考えも一度自分の中にしっかり取り込むということを本気で心掛けるようになりました。
昔は逆に他の人の意見を取り込みすぎていた時期があったのですが、自分の意見に今よりも自信がなかったので、人の意見を聞くとすぐにそっちを正解だと思い込んでしまっていました。
でも今は、一旦他の人の意見を受け入れて自分の中でもいろいろと頭の中で整理したうえで、改めて自分はどうしていきたいかを再度見つめ直すという方法を取るように心がけています。
前者と後者の違いは、自分の考えと他の人の意見を公平に眺めるかどうかです。
自分の考えを見つめ直すというのは必ずしも自分の考えを捻じ曲げなければいけないということではありません。
自分の考えを貫いた方が良い場合もありますし、自分の考えと他の人の考えを混ぜ合わせた方が良い場合だってあります。
また、自分の考えではなく他の人の考えの方が良い場合もありますが、その出した答えは自分の新たな考えとしてしまってもいいんです。
だってちゃんと自分の頭の中でそっちの方が良いと咀嚼した上で出たものですから。
自分の考えをはじめっから否定してしまうのとはわけが違います。
頑固ものって長所でもありますが同時に短所でもあります。
自分の考えに固執すると自分の本来の幸せや真実に気づけないということになりかねない場合もあるんです。
当事者からは見えていないものが外側の人には見えているんです。
自分の考えそして自分以外の人の考えを上手ーく組み合わせられたときにみんなにとっての正解が導き出せるんです。
究極1人でなんでも正しく判断できるのであれば他人なんていらないじゃないですか。
でも実際この世界にはたくさんのあなた以外の人が存在してますよね。
なぜかというと、あなたを幸せに導くためです。
もしかしたらあなたにとってプラスの影響を与えてくれる人ばかりではないかもしれないです。
でもその人たちはあなたに自分が嫌われ者になることによってあなたが自分にとっての正解に気づくためのきっかけづくりのために登場してくれているのかもしれません。
反面教師ですね。
嫌いがあるから好きがわかるんです。
「あんな人にはなりたくない」
とあなたが思ったのであれば、それはその人があなたの自分の理想像に気が付くための一歩になってくれたということです。
もしこの世の中が好きな人だけだったら新しい発見がないし、刺激があまりありません。
あなたの周りにいる人はあなたの先生であり生徒でもあります。
お互いに自分の考えや生き方を見せて導き合い、刺激し合い、そして互いに互いを成長させていくんです。
だからみんな考え、生き方が違っていいんです。
なのでどうかあなたの周りにいる人を大切にしてあげて下さい。