私たちは他人を自分のモノサシで判断しがちです。

 

例えば、恋人がラインの返信速度で相手の自分への愛を測ることとかもそうです。

 

自分はいつも好きな人からのラインの返信すぐするのに、相手がそういうタイプじゃなかった時、

 

相手は自分のことを好きじゃなくなったんじゃないかと疑ってしまう場合のことですね。

 

これも自分の愛情表現の枠に相手も当てはめて、相手の愛情表現も自分と同じであると”決めつけ”てしまっている可能性の高いものです。

 

もしかしたら相手が本当に冷めてしまっている場合もゼロではないかもしれないけど、それだけで冷めたと不安になるのは時期早々なのではないかなと思います。

 

他にも、恋愛に限らず普段の人間関係においても、親や友達、上司や部下の行動や言動で何かひっかかることがあった時、

 

自分だったらそういう行動、言動はしないのに、あの人はそういうことをするってことは、好かれてはいないのではないかと決めつけて、勝手に相手に嫌われている気分になるのももったいないと思います。

 

知らない人でも、こういう服装をしているからとか、こういうことをしているからとかで、その人の人格を決めつけて勝手に苦手意識を持つのもなんかもったいないなと思います。

 

それぞれ違った人生を歩んでいるので、考え方価値観が違うのは当たり前です。

 

容姿が全く同じ人はいないのと同じで、中身もみんな違うんです。

 

だから、きっとあなたを不快にさせる人は、きっとあなたの知らない視点で人生を生きているんです。

 

なので、外見は違うのは分かっていても、中身は自分と同じと決めつけ、自分のモノサシで他人を測るというのは、本当の意味で相手を見ようとしていないということになると思うんです。

 

また、相手は自分と違う視点で生きているということは、相手のことをもっと知れば、あなたの視野も広がることにもつながると思います。

 

前回の記事で、才能は人それぞれ違う理由についてスピリチュアルな視点から書いたのですが、

 

 

それと同様に、人生の視点もみんな違うんです。

 

人の数だけ人生があります。

 

そのたくさんの人生がうまく交わった時にすごいものが生まれるのではないかなと思います。

 

ぜひ、皆さんも他人を決めつけず、一旦理解しようとしてみる、受け入れてみるというのをやってみてはいかがでしょうか。グッ