スピリチュアル界隈や引き寄せの法則界隈ではよく、「世界は自分が作っている。」と言われていて、
「世界=自分」という考えがメジャーだと思う。
でも、その公式に当てはめると、「自分は世界が作っている」という考え方も成り立つ。
私たちというのは皆、「なんか気が付いたらこの世界に存在してたんだけど」という状態だと思う。
つまり、魂云々は置いておいて、私や僕という自我という存在は自分の意思とは関係なく存在させられている。
心臓が自分の意思とは関係なく動いているのと同じことであり、
自我という意識は脳によって作られていて、脳は世界によって作られている。
なので、自我という意識も世界の一部と考えることができると思う。
要は、自分と世界は一体ということだ。
また、思考を作るのは脳であり、脳を作ったのは世界である。
つまり、私たちがあれこれ思考していることというのは現実世界によって思考させられているということでもある。
「思考は現実化する」と言われているがその逆の「現実は思考させる」という理論も同時に成り立つのでは?と思った。
ではなぜ自分という自我があるのかというと、
それは「自分という意識」が現実世界に必要とされているからである。
現実世界自体を作っているのは潜在意識だとよく言われるが、
そうであるならば、心臓や脳を作ったのも潜在意識。
つまり、私やあなたの体の心臓が動き続けている限り、現実世界に「ここに居ていいんだよ」と言われ続けている状態だと思う。
自我と、現実世界を分離して考えると、「自分はこの世界に必要とされているんだろうか」と思ってしまいそうになるが、
実は分離なんかしていないと考えると、それは愚問だったということに気が付く。
今私やあなた体にある部位が、どこか欠けたり、異常な状態が起きると体に痛みや不具合が出てくるのと一緒で、
今この現実世界に存在しているすべてモノ人などは、さまざまな形で現実世界にいろんな影響を及ぼしていて、すべて必要で存在しているということであり、存在してはいけない存在はないということにも気づく。
よく「生きているだけで価値がある」という言葉をスピリチュアルなどでよく聞くが、このことをふまえると「確かにその通りだな」と、
頭でも理解というか腑に落とすことができた。
私にはこの考え方があっていましたが、私以外の誰かにとっても力になったら幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました