marginalia

東京創元社さまよりいただいた本を紹介します。

『時空争奪』小林泰三(創元SF文庫)

 

 

先年急逝された小林泰三さんの初期作品中心の傑作選です。奇想と計算とロジックの異形世界を描かせれば右に出るもののない、ハードSFホラーというべき唯一無二の作品世界が味わえる本になっています。解説を担当編集者が書かれていて、在りし日の作者の横顔が窺えるのも嬉しいです。

 

『妖怪の子、育てます4 隠し子騒動』廣嶋玲子(創元推理文庫)

 

 

シリーズ第4弾。今回は長編で、ゆったりした語り口がいつも以上に読みやすいです。人情妖怪ものと言った感じの物語ですが、ラストが「引き」になっていて驚きました。キャラクターが増えてきてななんだか軽くは読めなくなってきた気もしますが、その分好きな人には世界が深まって良いのだろうと思います。

 

『シャドウプレイ』ジョセフ・オコーナー/栩木伸明・訳

 

 

タイトルは「影絵芝居」の意。『ドラキュラ』の作者ブラム・ストーカーが、役所勤めから友人に誘われて劇場主となり、既婚者なのに女優にひかれ、文筆の夢も見るという物語。当然『ドラキュラ』誕生秘話なのだが、さまざまな要素をメタフィクション・実在の人物を交えたフィクションといった手法で混ぜ合わせて描いていく洗練された現代小説。ひと筋縄ではいかない感じだが、非常に親切な注釈がついているのがありがたい。しかしみんな十九世紀ロンドン好きだよねえ。

 

『風よ僕らの前髪を』弥生小夜子(創元推理文庫)

 

 

爽やかなタイトルだが、物語は結構きついロスマクを思わせるような家族内悲劇を描いた探偵ミステリ。短歌が重要な細部になっているのもちょっと懐かしい感じがする(もっとも最近のミステリは読んでいないのだけれど)。悔恨が重要な主題になっていて、なんとも重い。繰り返すが最近はもうほとんど普通のミステリを読まなくなっているので読むのがとても辛かった。

 

『伝説とカフェラテ』トラヴィス・バルドリー/原島文世・訳(創元推理文庫)

 

 

元傭兵の女オークが、喫茶店を開くために奮闘する異世界ファタジイのジョブ・チェンジもの。さすがアメリカで文章は「なろう」小説とは違ってオーソドックスで厚みがあり、お話もわりとシックに落ち着いた調子で進んでいく。案外ファンタジイを読み慣れた玄人向けの作品という感じがしたけども、電子書籍の自費出版からネビュラ最終候補になったんだそうなのでジャンル読者以外が読んでも面白い人には堪らない物語なのかもしれない。

 
『ガラスの顔』フランシス・ハーディング/児玉敦子・訳(創元推理文庫)

 

 

2021年に出た単行本の文庫化。地下世界で人々は感情を仮面をつけることで表すが、貧民たちは仮面をたくさん持っていないので多様な感情を表すことができない、というシンプルで喚起力のある設定が見事な異世界ファンタジイ。細部表現の細やかさと芯の強いメッセージ性が物語の良さを堪能させてくれるのはもうこの作者の通常運転といっていいと思う。

 

また少し間が空いてしまいました。献本紹介です。

東京創元社さまより、津原泰水『羅刹国通信』と空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』をいただきました。

 

 

これは、津原泰水が少女小説から一般文芸に移行する時期に雑誌連載が途切れていた作品を未完のまま復刻したものだそうです。思春期によくある「人を殺してみたい」「殺人という特別な経験」という欲望もしくは妄想を現実化したような物語で、未完ですが針金で作った繊細なアート作品のような趣があり、作者の才能の煌めきを再確認できます。早世が惜しまれる作家でした。

 

 

 

こちらは耽美SFの雄の第二作品集です。どれもビザールな美意識と苛烈な倫理観が衝突する唯一無二の作品世界が堪能できる作品が集められていて、通読するとちょっと中毒になったような酩酊感があります。複雑な設定と構成がいつも凄いので、是非そろそろ長編を読ませていただきたいものです。以前にお知らせしていますが、この本については『紙魚の手帖vol.16』のSF書評で取り上げていますので、よかったらご覧ください。

 

東京創元社さまより、ケヴィン・ブロックマイヤー/市田泉訳『いろいろな幽霊』、マリー・ルイーゼ・カシュニッツ/酒寄進一訳『ある晴れたXデイに』を献本いただきました。

 

 

 

どちらも魅力的な短編集です『いろいろな幽霊』はタイトルの通り、幽霊やそれに類する存在が出てくる掌編を100、11のセクションに別れて収録されています。各編は2ページほどで終わるのでとても軽い気持ちで読んで気持ち良くなれますが、その軽ったさの中からじんわりと深淵が覗く独特の面白さがあります。

カシュニッツの方は「異色短編」という言葉を思い出す作品集で、戦後ドイツの不穏な空気を感じられるこれもまた何度もいろんな風に深堀して読める、読み返せる作品が15編入っています。