昨夜はスロバキアにてコンサートでした。
ドドーンと大きなポスター。
本当に夢のような時間でした。
今思い出しても、本当に幸せでした。
大学院生時代、ルサルカのアリアを勉強する為に
チェコ語を学んでいた親友の紹介で、関西在住のチェコ人に発音を教えてもらったりする中で
いくつも音源を聴いて「この人のルサルカ、1番好きだなぁ」と思ったベニャチコヴァさん。
その彼女が、50年間の歌手生活に終わりを告げるコンサートに
コロナ禍の2020年に受けてたコンクールのご縁で
共演者の1人として、声をかけて頂きました。
お話を頂いた時は、ただただ嬉しくってたまらなくて浮かれていて
(8月の日本に帰国中だったから、夏休み満喫してたからなのもあるけど)
でも、書類のやり取りを交わす事が増えてきて、だんだん日にちが迫ってきたら
今度は「私で大丈夫なのかなぁ」という不安に押しつぶされそうで
そんな時、在スロバキア日本国大使館のFacebook、Instagramアカウントで私の紹介をして下さっているのを見つけて、すごく嬉しかったし
再び「よし!」という気持ちになれました。
金曜日のオーケストラリハーサルで、初めてライブで彼女のルサルカを聞いた時
最初の歌い出しの「Měsíčku」の Mの子音から、涙が溢れて止まりませんでした。
昨夜のコンサートでは、後ろ姿ではあったけど、自分だって歌わないといけないのに
彼女のルサルカを聞きながら、涙を堪えるのに必死でした。
金曜のオーケストラリハーサルは、客席には私たち出演者と、劇場支配人、カメラマンしかいなかったし
コンサート中も、共演者でなければ後ろから歌声を聴けることなんてないよなぁ...なんて思ったら
なんて贅沢なご褒美の瞬間なんだろう!と思いました。
「メゾソプラノからソプラノに変わろう」と大学4年生の秋、何度も話し合って先生と決断をして
大学5年生をしてソプラノになる、と決めたものの、道先が分からず試行錯誤の中
ルサルカのアリアに出会ってなかったら、冗談抜きに、今、私はここにいないと思う。
京芸の大学院入試も、新進演奏家育成プロジェクトでの名古屋フィルハーモニーとの共演も、リスト音楽院の入試も。
沢山、本当に沢山ルサルカを歌ってきたけど
これまでの歌人生を振り返った時に、個人的に節目だったと感じる所は、いつもルサルカのアリアを歌っていた気がします。
自分の中で、ソプラノになった時から、沢山の苦しい事、嬉しい事をプレゼントし続けてくれている曲の一つ。
だからこそ、連絡を頂いた時に「ベニャチコヴァさんは、このコンサートで50年間の歌手人生に幕を下ろす」という文章にショックでたまらなかったけど
それと同時に、同じステージに立てる事に嬉しくて堪りませんでした。
今年は2月にオペラでルサルカ公演があり、私の中では2024年はルサルカイヤーです。
もちろん、ベニャチコヴァさんはルサルカの他にイェヌーファや、オペレッタのデュエットを歌っていて、特にイェヌーファは絶品で
舞台袖だったけど、私の心はハッピーで溢れました。
ちなみに私は、トゥーランドットからリューのアリア、チャールダーシュの女王からシルヴィアのアリアを歌いました。
ヘアメイクも、劇場専属の方にお任せでお願いして、とってもゴージャスにして下さいました。
本当、何度でも書き足りないけど、本当に夢みたいな時間でした。
舞台袖でもベニャチコヴァさんはとってもチャーミングでした。
既にブダペストのお家に帰宅してるというのに、いまだ興奮が冷めなくて、普段以上に文章がまとまりません。
でも、本当幸せ。
楽しい事ばかりじゃない、というか、楽しい事なんてほんの一握りで
あとは...辛いとは思わないけど、目標到達に向けて苦しい事も沢山な音楽、歌だけど
音楽が色んな世界、場所に連れて行ってくれて、新しい人や、新たな音楽との出会いを沢山プレゼントしてくれるなぁと思います。
音楽が色んなところへ連れて行ってくれます。
今回のコンサート、バンスカー・ビストリツァという町にある国立オペラでの開催だったのだけど
首都ブラチスラバから、車でも2時間くらいかかる場所にある、本当に可愛い街で
このご縁がなかったら、この町と出会うことも出来なかったです。
しかも、主催者である劇場が宿泊先を用意してくれていたのだけど
「どこに泊まるんだろう」って思って来てみたら、まさかの劇場内!
1人一部屋用意して下さって、とっても快適なお部屋でした。
「田舎だから〜」と、秘書さんは言っていたけど
劇場に泊まるなんて生まれて初めての経験で、ステージから「直帰」出来るのはとっても快適でした。
そして、お部屋にいてもトランペットや、オケメンが練習してる音が聞こえてきていて
さながら期間限定で「怪人」になった気分でした。
最後、カーテンコールの時に劇場から、お花とプレゼントを頂きました。
お花、とってもいい香りで、置いて帰るのはとてもじゃないけど可哀想だったので
何とか工夫して、ブダペストまで持って帰ってきました。
はぁぁぁ!
頑張るのではなくて、これからも自分の向いている方を前と信じて、適宜方向転換もしつつ、動きを止めずに行こう。
やっぱりまだ興奮おさまらないので、ここでおしまい。