数ヶ月後同棲生活のスタート、とてもワクワクでした。
私に足りなかったのは確実に一緒にいられる安定感というか、不安にならない心で。それは彼女からも「かおちゃんは愛情不足だから沢山の愛をあげる」とは明言されていたので、最初は本当に嬉しい気持ちしか無かったです。
但し、実家を出て暮らすという事がどういう事なのか、お互い本当に解っていなかった、甘かった、というのも事実でしたし、ずっとお互いが見えてしまう、お互いしか見えていない時点でかなりの心労が伴う事を見えてませんでした。
彼女はしがない接客業の社員、私はただのアルバイトする若者フリーター。家賃は彼女が持ってくれていて、光熱費は折半ね、という約束だったのですが、彼女からとある日に「生活苦しいかも」と言われてしまいました。
じゃあ、家賃も出せるように夜も働くね!と始めたのがガールズバーです。最初のうちは良かった、ベロベロに酔っ払って帰って来ても駅までお迎えに来てくれて、肩に腕を回してお家まで帰ってもらうとかいう、優しい配慮がされていて、とても優遇されている感でした。
しかし、それも3ヶ月もするとアチラの体力が保たないわけで、そうですよね、私は彼女が6つ上だって認識がどこか欠けていました。6つ上になると体力的なしんどさがどれだけ来るのかも知らな過ぎた。
気付けばベロベロに酔ってもお迎えはなく、あろうことか、アチラは休日に趣味の友達と遊ぶ予定をバッチリ毎週立てていて、私は怒りました。
私は朝も夜も働いて、そんな事出来ていないのに、何故貴方は自由に出来ているのかと。それはもう盛大にキレ散らかしました。
今に思えば、人間は普通は交友関係が必要で、ちゃんと周りともコミュニケーションを取ってるといういい傾向だったんですけどね。本当に心が狭かった。
アチラは古い親友だって紹介してくれて、いつだって誠実に一途に想ってくれてはいたのに、知らない相手と会うだけで不安になって怒って、本当に子供でした。
お金が無いという発言の際のケンカもですが、それはもうどうでもいいケンカを3ヶ月に1回目どころじゃないくらいしていたと思います。
気付けば私も好きに遊んではいましたし、その後、九州の友達のライブを観てくると言って1週間くらい家出事件も起こしました。家出の際はこれまた彼女が慌てて新幹線で迎えに来たりもしました。沢山振り回して、とんでもない子供でしたね。
とんでもない子供に転機が来ます。
家出事件を起こした1週間だか2週間後とかかな、私の大好きな大好きな友達から、一緒に関東に行かない?というお誘いが来ました。
好きな人から誘われたら、それは行きます。
そして、彼女に気持ちが無いこと、関東に行くために性感エステで働こうと思っていること、全て話しました。
まぁ勿論物凄い大喧嘩になりました。物が飛び交って、最後には包丁やらも飛び交って、いや、命が有るのが不思議なケンカをしていました、と今でも思います。
1ヶ月、性感エステで働いたお金を貯めたら、上京するには充分でした。とある日の夜、働いたお金を握り締めて、キャリーケース一個に荷物を詰めて東京へ出ていきました。
しかし、これだけに終わらないので③に続きます。