1章 「ソロモンのポーチ文書」

◇「ソロモンのポーチ文書」は世間一般にイエス・キリストと言っている方が一番訴えたかったことだと考えるので、まずはここから始めます。私はイエス・キリストをイエシュア兄さんと呼んでいます。人類皆兄弟です。

 

【ヨハネ:5章-36】初夏の七週の祭りでのこと

私の父が遂行するために私に与えた行為、それらが私に代わって語っているし、父が私を遣わされたことを示している。

 

【ヨハネ:7章-28~29】秋の仮庵の祭りでのこと 仮庵(カリイオ)

イエシュア兄さんが、神殿の中で教えている時、大きな声で話された。あなたたちは本当に私を知っているのか、私がどこから来たのか知っているのか。

私は私自身の権限で来たのではない。私を遣わされた父は、けれども真実である。あなたたちは父を知らない。しかし、私は父を知っている。なぜなら、私は父のもとから来たのであり、父が私を遣わされたからである。

 

【ヨハネ:8章-13~20】秋の仮庵の祭りのこと

ファリサイ派の人々(古代ユダヤで、律法の形式を重んじた保守派の人)がイエシュア兄さんに言われた、今あなたは、あなた自身に代わって証言をしている。あなたの話していることに証明がない。

ちがうとイエシュア兄さんは答えた。たとえ私が私自身に代わって証言しているとしても、私の言うことは真実である。なぜなら、私はこの中で1人ではないからである。私を遣わされた父は私とともにいるからである。2人の証人の同意がある場合には、彼らの言うことは真実であるとあなたたちの律法の中に書かれている。私が私自身に代わって証言し、私を遣わされた父もまた私に代わって証明している。

あなたの父はどこにいるのかと彼らは彼に尋ねた。

イエシュア兄さんは言われた。あなたたちは私も、私の父もまた知らない。もし私のことを知ったならば、あなたたちは私の父もまた知っただろう。

 

【ヨハネ9章‐7】初冬の頃のエルサレム

そして、彼に言った、行ってシロアムのプールであなたの顔を洗いなさい(このシロアムという名前は送られたという意味である)。そこで男は行って、彼の顔を洗い、そして目が見えるようになって帰ってきた。

(This name means Sent)

 

【ヨハネ9章-25~34】初冬の頃のエルサレム

かつて盲目だった男性が話した。私は彼(イエシュア兄さん)が罪びとかどうかは分かりませんと、男性は答えた。1つの事が私には分かっています。私は盲目でした。そして今、私は目が見えるということです。

彼はあなたに何をしたのだ。どうやって彼はあなたの盲目を治したのかと彼らは尋ねた。

彼は答えた。私はすでにあなたたちに話しました。それなのに、あなたたちは話を聞いてくださらない。なぜ、あなたたちはまたそれを聞こうとするのですか。おそらくはあなたたちも、彼の弟子(信奉者)になりたいと思っているのですか。

彼らは彼を侮辱して言った、お前はあの男の弟子である。しかし、私たちはモーセの弟子である。私たちは神がモーセに話したことは知っている。けれどもあの男に関しては、彼がどこからやって来たのかまったく知らない。

男性は答えて、それはなんて不可解な事なんですか。あなたたちが彼がどこからやって来たか知らないとは。でも彼は私の目を治してくれたのです。私たちは神が罪びと(道徳・宗教上の罪ある人)の話を聞いてはくださらないことを知っています。神は、神を敬い、神が人々にしてもらいたいことをする人たちの話を聞いてくださいます。世界が始まって以来、かつて誰も盲目で生まれた人に視力を与えたという話を聞いたことがありません。この男性が神のもとから来たのでない限り、こんなことができるわけがありません。

彼らは答えた。お前は罪の中に持って生まれたのに、そのお前が私たちを教えようとするのか。そして彼らはユダヤ人の集まる礼拝堂から彼を追放した。

 

【ヨハネ:10章-22~33と37~39】

冬のことであった。エルサレムでは神殿の奉納の祭りが祝われていた。

イエシュア兄さんは神殿の中にあるソロモンのポーチを歩いていた。その時、人々が彼の周りに集まってきて尋ねた。いつまであなたは私たちをあやふやな状態におくつもりなのか。私たちにはっきりとした真実を話してくれ。あなたはメシア(救世主)なのか。

イエシュア兄さんは答えた。私はすでにあなたたちに話した。しかし、あなたたちは私を信じようとしない。私の父が私に遂行するために与えた行為が私に代わって語っている。私と父はともにいる。

その時、人々は再び彼に石を投げようと拾った。

イエシュア兄さんは彼らに言った。私はあなたたちのいる所で、父が私に遂行するために与えた良い行為を示した。なぜあなたたちは石を投げようとするのか?

彼らは答えた。私たちは良い行為のためにあなたに石を投げようとしているわけではない。だが、あなたの冒とくのためである。あなたはただの人間にすぎないのに、あなたは自分を神にしようとしている!

イエシュア兄さんが言った。それなら、もし私の父が私に遂行するために与えた行為をしないのであれば私を信じるな。けれども、私がそれらの行為を遂行しているならば、たとえあなたたちは私を信じなくても、少なくとも私の行為は信じるべきである。これを最後にして、あなたたちは私が父とともにいることを知るように。

もう一度、彼らはイエシュア兄さんを捕まえようとしたが彼は彼らの手からさっと抜け出した。

 

【ヨハネ:11章-41~42】春の過越しの祭りが近づいています

彼ら(死者ラザロの弔いに来たユダヤ人)は墓の扉石をどかした。イエシュア兄さんは空を見上げて言った。父よ、私の話を聞いてくださり感謝いたします。私はあなたがいつも私の話を聞いてくださることを知っています。しかし、私がこのように話すのはここに集まっている人々のためであります。彼らにあなたが私を遣わされたことを信じさせるためです。