タマリスク(ぎょりゅう) この前、トルコの街かどでこのタマリスクの花を見て、この花だ!と感嘆した。
総論としての2節 花と樹木の名
*「創世記」
*『白いハスのような聖典』の〔1章 始まり〕
創世記の21:33
アブラハムはベエル・シェバ(井戸の誓いの意味)にタマリスク(ぎょりゅう)を植え、そこで永遠の神ヤハウェの名を呼んだ。
エレミヤ書1:11
ヤハウェの言葉が、私に臨んで言われた、あなたは何を見ているのか、エレミヤよ。そこで私は答えた、目覚めの木の枝を、私は見ております。
するとヤハウェは私に言われた、よく見たものだ。まことに私は、私の言葉に目覚めて、それを実現しようとしている。
◇目覚めの木はアーモンドの木を指します。
ゼカリア書1:8
その夜に私が見ると、見よ、一人の人が赤毛の馬に乗っていた。その人は谷間のミルトス(銀梅花)の木々の間に立っていて、その後ろには赤毛の馬、栗毛の馬、白い馬がたたずんでいた。
◇この花や樹木、そして果実の木を述べるのは何か意味があるように思えて仕方がない。偶然ではない。詩篇のユリもそうです。文書を作成するときの決まり事、暗黙の了解のような不思議な意味を感じます。私はイスラエルであるという表徴かもしれない。イスラエルは国のことではなくて、『聖書』に出てくるイスラエルの系統の意味かもしれない。
『白いハスのような聖典』の〔1章 始まり〕
このように私は聞いた。
ある時、シャーキャムニブッダ(シャーキャ族の聖者であるブッダ)は王舎城(ラージギル)の鷲の峰の山頂(グリドラクータ)の中に住んでおられた。その時、世尊は、四種の男女僧俗の大衆に囲まれて供養されて、恭敬されて、尊重されて、賛嘆されてから、多くのボサツのために、大乗の教えが無量に創出する・ボサツを導く教説・ブッダに護念されるものと名付ける教えを説かれた。
ブッダはこの教説を説き終わり結跏趺坐(ケッカフザ)し、無量義処三昧に入り、心身は動かなくなった。この時、天はマーンダーラヴァの花々・大きなマーンダーラヴァの花々・マンジューシャカの花々・大きなマンジューシャカの花々を降らしてブッダの上及び多くの大衆に散じて、あまねくブッダの世界は六種類の変化を現した。
◇この天花の表現に注目してください。この天花の表現は、「ヨハネの黙示録」の21章1~3において、私は聖なる都である新しいエルサレムが、新郎のために美しく着飾った花嫁のように天から下った来るのを見たという描写を参考にしていると考えています。
◇『白いハスのような聖典』を粘り強い信仰心と研究で研鑽を積んでいくと、とても美しい文書が成立する。弱った心も疲れた体もスッキリとしますね。

