『ゴータマ・ブッダの言葉』

◇数多い仏教書のうちで最も古い聖典である。後世の仏典に見られる煩瑣な(こまごまして煩わしいこと)教えは少しもなく、人間として正しく生きる道が対話の中で切実に語られている。

◇この「彼岸に至る道」に挙げられた言葉が、年代としてゴータマ先生の話された言葉に最も近いです。

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ヘブライ語ではアーモンドのことを「シャケード」と言い、それは目覚めを表す「シャッカ」という語源からきていて、春の目覚めを意味するとも聞いた。

 

アーモンドは、桜と同じバラ科の落葉高木で、桜に似た白い美しい花をつける。アーモンドは、ヘブライ語で「シャケード」といい、「シャッケ(目を覚ます)」を語源にしていて、「春の目覚め」を意味している。

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アジタさんが言った、「我が親愛なる友よ。バーヴァリ・バラモンは、彼の弟子たちとともに、心に歓喜し悦んで、あなたさまの足下に礼拝します。眼ある方よ。」

ゴータマ先生は答えた、「バーヴァリ・バラモンも、諸々の弟子も、ともに楽しくあれ。学生よ、あなたもまた楽しくあれ。長く生きよ。バーヴァリにとっても、あなたにとっても、いかなる人にとっても、もしも疑問が起こって、心に問おうと願うならば、なんでも質問しなさい。」

 

ブッダに許されたので、アジタは合掌して坐し、そこで真理覚知者に第一の質問をした。

1

アジタさんが尋ねた、「世間は何によって覆われているのですか?世間は何によって輝かないのですか?世間を汚すものは何ですか?世間の大きな恐怖は何ですか?それを説いてください。」

ゴータマ先生が答えた、「アジタよ、世間は無明によって覆われている。世間は貪りと怠惰のゆえに輝かない。欲心が世間の汚れである。苦悩が世間の大きな恐怖である、と私は説く。」

アジタさんが言った、「煩悩の流れはあらゆるところに向かって流れます。その流れをせき止めるものはなんですか?その流れを防ぎ護るものは何ですか?その流れは何によって塞がれるのでしょうか?それを説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「アジタよ。世の中における煩悩の流れをせき止めるものは、気をつけることである。気をつけることが、煩悩の流れを防ぎ護るものである、と私は説く。その流れは知恵によって塞がれるであろう。」

アジタさんが言った、「我が友よ。知恵と気をつけることと名称と形態とは、いかなる場合に消滅するのですか?お尋ねしますが、このことを私に説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「アジタよ。あなたが質問したことを、私はあなたに語ろう。識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、この名称と形態が滅びる。」

アジタさんが言った、「この世には真理を究め明らめた人々もあり、学びつつある人々もあり、未熟な者もおります。お尋ねしますが、賢者は、どうか彼らの振る舞いを語ってください。我が友よ。」

ゴータマ先生が答えた、「修行者は諸々の欲望に耽ってはならない。心が混濁してはならない。一切の事物の真相に熟達し、よく気をつけて遍歴(諸国を巡り歩くこと)せよ。」

 

2 

ティッサ・メッテイヤさんが尋ねた、「この世で満足している人は誰ですか?動揺することがないのは誰ですか?両極端を知り尽くして、よく考えて、両極端にも中間にも汚されない、聡明な人は誰ですか?あなたは誰を偉大な人と呼ばれますか?この世で、縫う女(妄執)を越えた人は誰ですか?」

ゴータマ先生は答えた、「メッテイヤよ。諸々の欲望に関しては清らかな行いを守り、妄執を離れて、つねに気をつけ、究め明らめて、安らぎに帰した修行者、彼には動揺が存在しない。彼は両極端を知り尽くして、よく考えて、両極端にも中間にも汚されない。彼を、私は偉大な人と呼ぶ。彼はこの世で縫う女(妄執)を越えている。」

 

3 

プンナカさんが尋ねた、「動揺することなく根本を達観なさられたあなたに、お尋ねしようと思って、参りました。仙人や常の人々や王族やバラモンは、何のゆえにこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのですか?先生!あなたにお尋ねします。それを私に説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「プンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンがこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、私たちの現在のこのような生存状態を希望して、老衰にこだわって、犠牲を捧げたのである。」

プンナカさんが言った、「先生!およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが盛んに神々に犠牲を捧げましたが、祭祀(サイシ)の道において怠らなかった彼らは、生と老衰を乗り越えたのでしょうか?我が親愛なる友よ。あなたにお尋ねします。それを私に説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「プンナカよ。彼らは希望し、称賛し、熱望して、献供(ケング)する。利得を得ることによって欲望を達成しようと望んでいるのである。供犠(クギ)に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない。彼らは生や老衰を乗り越えていない、と私は説く。」

プンナカさんが言った、「もしも供犠(クギ)に専念している彼らが祭祀(サイシ)によっても生と老衰とを乗り越えていないのでしたら、我が親愛なる友よ、では神々と人間の世界のうちで生と老衰とを乗り越えた人は誰なのですか?先生!あなたにお尋ねします。それを私に説いてください。」

ゴータマ先生が答えた、「プンナカよ。世の中でかれこれの状態を究め明らめ、世の中で何ものにも動揺することなく、安らぎに帰し、煙なく、苦悩なく、望むことのない人、彼は生と老衰とを乗り越えたと、私は説く。」

 

4

メッタグーさんが尋ねた、「先生!あなたにお尋ねします。このことを私に説いてください。あなたはヴェーダの達人、心を修養された方だと私は考えます。世の中にある種々様々な、これらの苦しみは、そもそもどこから現れ出たのですか。」

ゴータマ先生は答えた、「メッタグーよ。あなたは、私に苦しみの生起するもとを問うた。私は知り得たとおりに、それをあなたに説き示そう。世の中にある種々様々な苦しみは、執着を縁として生起する。実に知ることなくして執着をつくる人は愚鈍であり、繰り返し苦しみに近づく。だから、知ることあり、苦しみの生起のもとを観じた人は、再生の素因(=執着)をつくってはならない。」

メッタグーさんが言った、「私たちがあなたにお尋ねしましたことを、あなたは私たちに説き明かしてくださいました。あなたに他のことをお尋ねしますが、どうかそれを説いてください。どのようにしたならば、諸々の賢者は煩悩の激流、生と老衰、憂いと悲しみとを乗り越えるのですか?聖者さま。どうかそれを私に説き明かしてください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」

ゴータマ先生が答えた、「メッタグーよ、伝承によるのではなく、今ここで、目の当たり体得されるこの理法を、私はあなたに説き明かすであろう。その理法を知って、よく気をつけて行い、世間の執着を乗り越えよ。」

メッタグーさんが言った、「偉大な聖賢さま。私はその最上の理法を受けて歓喜するでしょう。その理法を知って、よく気をつけて行い、世間の執着を乗り越えるでしょう。」

ゴータマ先生が答えた、「メッタグーよ。上と下と横と中央とにおいて、あなたが認識してよく知っているものは何であろうと、それらに対する喜びと偏執と識別とを除き去って、変化する生存状態のうちにとどまるな。このようにして、よく気をつけ、怠ることなく行う修行者は、我がものとみなして固執(コシツ)したものを捨て、生や老衰や憂いや悲しみをも捨てて、この世で智者となって、苦しみを捨てるであろう。」

メッタグーさんが言った、「偉大な聖賢のこの言葉を聞いて、私は喜びます。ゴータマさま。煩悩の要素のない境地がよく説き明かされました。確かに先生は苦しみを捨てられたのです。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるのです。」

 

5 

サーリプッタさんが言った、「聖者さま。あなたが懇切に教え導かれた人々もまた今や、苦しみを捨てるでしょう。では私は、あなたの近くに来て礼拝したしましょう。先生!どうか、私にも懇切に教え導いてください。バラモン・ヴェーダの達人とはいかなる行いをなす人なのでしょうか。」

ゴータマ先生が答えた、「サーリプッタよ、何ものを所有せず、欲の生存に執着しないバラモン・ヴェーダの達人であるとあなたが知った人、彼は確かにこの煩悩の激流を渡るであろう。彼は彼岸に達して、心の荒びなく、疑惑もない。またかの人はこの世では悟った人であり、ヴェーダの達人であり、種々の生存に対するこの執着を捨てて、妄執を離れ、苦悩なく、望むことがない。『彼は生と老衰とを乗り越えた』と私は説く。

 

6

ドータカさんが尋ねた、「先生!私はあなたにお尋ねします。このことを私に説いてください。偉大な聖賢さま。私はあなたのお言葉を頂きたいのです。あなたのお声を聞いて、自分の安らぎ(ニルヴァーナ)を学びましょう。」

ゴータマ先生が答えた、「ドータカよ。では、この世において賢明であり、よく気をつけて、熱心につとめよ。この私の口から出る声を聞いて、自己の安らぎを学びなさい。」

ドータカさんが言った、「私は、神々と人間との世界において何ものをも所有せずに振る舞うバラモンを見ます。あまねく見る方よ。私はあなたに礼拝いたします。シャカ族の方よ。私を諸々の疑惑から解き放ちたまえ。」

ゴータマ先生が答えた、「ドータカよ。私は世間におけるいかなる疑惑からも解脱させ得ないであろう。ただあなたが最上の真理を知るならば、それによって、あなたはこの煩悩の激流を渡るであろう。」

ドータカさんが言った、「バラモンさま。慈悲を垂れて、この世の苦悩から遠ざかり離れる理法を教えてください。私はそれを認識したいのです。私は、虚空のように、乱され濁ることなしに、この世において静まり、依りすがることなく行いましょう。」

ゴータマ先生は言われた、「ドータカよ。伝承(聞き伝え)によるのではない、目の当たり体得されるこの安らぎを、あなたに説き明かすであろう。それを知ってよく気をつけて行い、世の中の執着を乗り超えよ。」

ドータカさんが言った、「偉大な聖賢さま。私はその最上の安らぎを受けて歓喜します。それを知ってよく気をつけて行い、世の中の執着を乗り越えましょう。」

ゴータマ先生は答えた、「ドータカよ。上と下と横と中央とにおいてあなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、 それは世の中における執着の対象であると知って、移り変わる生存への妄執を抱いてはならない」と。

 

7

ウパシーヴァさんが尋ねた、「シャカ族の方よ。私は独りで他のものに頼ることなくして大きな煩悩の激流を渡ることはできません。私が頼ってこの激流を渡り得るよりどころをお説きください。あまねく見る方よ。」

ゴータマ先生は言われた、「ウパシーヴァよ。よく気をつけて、無所有を目指しつつ、『何も存在しない』と思うことによって、煩悩の激流を渡れ。諸々の欲望を捨てて、諸々の疑惑を離れ、妄執の消滅を昼夜に観ぜよ。」

ウパシーヴァさんが言った、「あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有に基づいて、その他のものを捨て、最上の真理において解脱した人、彼は退き後戻りすることなく、そこに安住するでありましょうか?」

ゴータマ先生は答えた、「ウパシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有に基づいて、その他のものを捨て、最上の真理において解脱した人、彼は退き後戻りすることなく、そこに安住するであろう。」

ウパシーヴァさんが言った、「あまねく見る方よ。もしも彼がそこから退き、後戻りしないで多年そこにとどまるならば、彼はそこで解脱して、清浄(せいじょう)となるのでしょうか?またそのような人の識別作用は後まで存在するのでしょうか?」

ゴータマ先生が答えた、「ウパシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた炎は滅びてしまって、火としては数えられないように、そのように聖者は名称と身体からは解脱して滅びてしまって、存在する者としては数えられないのである。」

ウパシーヴァさんが言った、「滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか?あるいはまた常住であって、損なわれないのでしょうか?聖者さま。どうかそれを私に説明してください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」

ゴータマ先生は答えた、「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。彼を、ああだ、こうだと論ずる縁(よすが)が、彼には存在しない。あらゆる事柄がすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」

 

8

ナンダさんが尋ねた、「世間には諸々の聖者がいる、と世人は語ります。それはどうしてですか?世人は知識を持っている人を聖者と呼ぶのですか?あるいは簡素な生活を送る人を聖者と呼ぶのですか?」

ゴータマ先生が答えた、「ナンダよ。世の中で、真理に達した人たちは、哲学的に見解によっても、伝承の学問によっても、知識によっても聖者だとは言わない。煩悩の魔軍を撃破して、苦悩なく、望むことなく行う人々、彼らこそ聖者であると、私は言う。」

ナンダさんが言った、「およそこれらのバラモンたちは、哲学的見解によって、また伝承の学問によっても、清浄になれると言います。戒律や誓いを守ることによっても清浄になれると言います。そのほか種々の仕方で清浄になれるとも言います。先生!彼らはそれらに基づいて自らを制して修行しているのですが、はたして生と老衰とを乗り越えたのでしょうか?我が親愛なる先生!あなたにお尋ねいたします。それを私に説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「ナンダよ。これらのバラモンたちはすべて、哲学的見解によって清浄になり、また伝承の学問によっても清浄になると説く。戒律や誓いを守ることによっても清浄になるとも説く。そのほか種々の仕方で清浄になるとも説く。たとえ彼らが、それらに基づいて自らを制して行っていても、生と老衰とを乗り越えたのではない、と私は言う。」

ナンダさんが言った、「およそこれらのバラモンたちは、見解によって、また伝承の学問によっても清浄になれると言います。戒律や誓いを守ることによっても清浄になれると言います。そのほか種々の仕方で清浄になれるとも言います。聖者さま。もしもあなたが『彼らは未だ煩悩の激流を乗り越えていない』と言われるのでしたら、では神々と人間の世界のうちで生と老衰を乗り越えた人は誰なのですか?親愛なる先生!あなたにお尋ねします。それを私に説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「ナンダよ。私は『すべてのバラモンたちが生と老衰とに覆われている』と説くのではない。この世において見解や伝承の学問や戒律や誓いをすっかり捨て、また種々の仕方をもすっかり捨てて、妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々、彼らは実に『煩悩の激流を乗り越えた人々である』と、私は説くのである。」

ナンダさんが言った、「偉大な聖賢のこの言葉を聞いて、私は歓喜します。ゴータマさま。再生の要素のない境地が見事に説き明かされました。この世において哲学的見解や伝承の学問や戒律や誓いをすっかり捨てて、また種々の仕方をすっかり捨てて、妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々、彼らは実に『煩悩の激流を乗り越えた人々である』と、私もまた説くのであります。」

 

9

ヘーマカさんが尋ねた、「かつてゴータマさまの教えよりも以前に昔の人々が『以前はこうであった』、『未来にはこうなるであろう』と言って、私に説き明かされたことは、すべて伝え聞いたことにすぎません。それはすべて思索の紛糾を増すのみでした。私は彼らの説を喜びませんでした。聖者さま。あなたは、妄執を滅し尽くす法を私にお説きください。それを知って、よく気をつけて行い、世間の執着を乗り越えましょう。」

ゴータマ先生が答えた、「ヘーマカよ。この世に見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅の安らぎ(ニルヴァーナ)の境地である。このことをよく知って、よく気をつけ、現世においてまったく妄執を離れた人々は、常に安らぎに帰している。世間の執着を乗り越えている」と。

 

10

トーデイヤさんが尋ねた、「諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑を越えた人、彼にはどのような解脱を求めたらよろしいのですか?」

ゴータマ先生が答えた、「トーデイヤよ。諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑を越えた人、彼には別に解脱は存在しない。」

トーデイヤさんが尋ねた、 「彼には願いのない人なのでしょうか?あるいは何かを希望しているのでしょうか?彼には知恵があるのでしょうか?あるいは知恵を得ようと計らいをする人なのでしょうか?シャカ族の方よ。彼が聖者であることを私が知り得るように、そのことを私に説明してください。あまねく見る方よ。」

ゴータマ先生が答えた、「彼は願いのない人である。彼は何ものをも希望していない。彼は知恵のある人であるが、しかし知恵を得ようと計らいをする人ではない。トーデイヤよ。聖者はこのような人であると知りなさい。彼は何ものをも所有せず、欲望の生存に執着していない。」

 

11

カッパさんが尋ねた、「極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、生と老衰とに圧倒されている人々のために、洲(避難所)を説いてください。あなたは、この苦しみがまたと起こらないような洲(避難所)を私に示してください。親しき方よ。」

ゴータマ先生が答えた、「カッパよ。極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、生と老衰とに圧倒されている人々のための洲(避難所)を、私はあなたに説くであろう。いかなる所有もなく、執着して取ることがないこと、これが洲(避難所)にほかならない。それを安らぎ(ニルヴァーナ)と呼ぶ。それは生と老衰との消滅である。このことをよく知って、よく気をつけ、現世においてまったく煩悩を離れた人々は、悪魔に伏せられない。彼らは悪魔の従者とはならない。」

 

12

ジャトゥカンニンさんが尋ねた、「私は、勇士であって、欲望を求めない人がいると聞いて、激流を乗り越えた人にお尋ねしようとして、ここに来ました。安らぎの境地を説いてください。生まれつき眼のある方よ。先生!それをあるがままに、私に説いてください。

ゴータマ先生は諸々の欲望を制して振る舞われます。たとえば、光輝ある太陽が光輝によって大地に打ち勝つようなものです。知恵豊かな方よ。知恵の少ない私に理法を説いてください。それを私は知りたいのです、この世において生と老衰とを捨て去ることを。」

ゴータマ先生は答えた、「ジャトゥカンニンよ。諸々の欲望に対する貪りを制せよ。出離を安穏であると見て。取り上げるべきものも、捨て去るべきものも、何ものも、あなたにとって存在してはならない。過去にあったものを枯渇しなさい。未来にはあなたに何ものもないようにしなさい。中間においても、そなたが何ものにも執着しないならば、あなたは安らかに振る舞う人となるであろう。バラモンよ。名称と形態とに対する貪りをまったく離れた人には、諸々の煩悩は存在しない。だから、彼には欲望に支配されるおそれがない。」

 

13

バドラーヴダさんが尋ねた、「執着の住所を捨て、妄執を断ち、悩み動揺することなく、歓喜を捨て、激流を乗り越え、すでに解脱し、計らいを捨てた賢明なあなたさまに切にお願いいたします。優れた方よ。あなたのお言葉を聞こうと希望して、多勢の人々が諸地方から集まってきましたが、彼らのためによく説明してやってください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」

ゴータマ先生は答えた、「バドラーヴダよ。上にも下にも横にでも中間にでも、執着する妄執をすっかり除き去れ。世の中の何ものに執着しても、それによって、悪魔が人につきまとうに至る。それゆえに、修行者は明らかに知って、よく気をつけ、全世界において何ものをも執着してはならない。生と老衰の領域に愛着を感じているこの人々は執着を取る人々であると観察して。」

 

14

ウダヤさんが尋ねた、「瞑想に入って坐し、塵垢を離れ、為すべきことを為し終え、煩悩の汚れなく、一切の事物の彼岸に達せられた師にお尋ねするために、ここに来ました。無明を破ること、正しい理解による解脱を説いてください。」

ゴータマ先生は答えた、「ウダヤよ。愛欲と憂いとの両者を捨て去ること、沈んだ気持ちを除くこと、悔恨をやめること、平静な心構えと思いの清らかさ、それらは真理に関する思索に基づいて起こるものであるが、これが、無明を破ること、正しい理解による解脱であると、私は説く。」

ウダヤさんが尋ねた、「世の中の人々は何によって束縛されているのですか?世の中の人々をあれこれ行動させるものは何ですか?何を断ずることによって安らぎ(ニルヴァーナ)があると言われるのですか?」

ゴータマ先生は答えた、「世人は歓喜に束縛されている。思惑が世の中の人々をあれこれ行動させるものである。妄執を断ずることによって安らぎがあると言われる。」

ウダヤさんが尋ねた、「どのようによく気をつけて行っている人の識別作用が、消滅するのですか?それを先生にお尋ねするために私はやって来たのです。あなたのそのお言葉をお聞きしたいのです。」

ゴータマ先生は答えた、 「内面的にも外面的にも感覚的感受を喜ばない人、このようによく気をつけて行っている人の識別作用が消滅するのである。」

 

15

ポーサーラさんが尋ねた、「過去の事柄を説示し、悩み動揺することなく、疑惑を断ち、一切の事物を究め尽くした先生にお尋ねするために、ここに来ました。物質的な形の思いを離れ、身体をすっかり捨て去り、内にも外にも『何ものも存在しない』と観察する人の知恵を、私はお尋ねするのです。シャカ族の方よ。そのような人はさらにどのように導かれなければなりませんか?」

ゴータマ先生は答えた、「ポーサーラよ。すべての識別作用の存在する有り様を知り尽くした全知者は、彼の存在する有り様を知っている。すなわち、彼は解脱していて、そこをよりどころとしていると知る。無所有の成立するもとを知って、すなわち『歓喜(所有することから生まれる喜び)は束縛である』であるということを知って、それをこのとおりであると知って、それから出て、それについて静かに観察する。安らぎに立ったそのバラモンには、このありのままに知る知恵が存在する。」

 

16

モーガラージャさんが尋ねた、「私はかつてシャカ族の方に二度お尋ねしましたが、眼ある方は私に説明してくださいませんでした。しかし『聖賢は第三回目には説明してくださる』と、私は聞いております。この世の人々も、かの世の人々も、神々と、ブラフマー神の世界の者でも、誉あるあなたゴータマの見解を知ってはいません。このような絶妙な眼ある方にお尋ねしようとここに来ました。どのように世間を観察する人を、死王は見ることがないのですか?」

ゴータマ先生が答えた、「常によく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観察せよ。そうすれば死を乗り越えることができるであろう。このように世界を観察する人を、死の王は見ることがない。」

 

17

ピンギヤさんが尋ねた、「私は年を取ったし、力もなく、容貌も衰えています。目もはっきり見えませんし、耳もよく聞こえません。私が迷ったまま途中で死ぬことのないようにしてください。どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるのか、その理法を説いてください。それを私は知りたいのです。」

ゴータマ先生は答えた、「ピンギヤさん、物質的な形態があるがゆえに、人々が損なわれるのを見るのであり、物質的な形態があるがゆえに、怠る人々は病気などに悩まされる。ピンギヤさん、それゆえに、あなたは怠ることなく、物質的な形態を捨てて、再び生存状態に戻らないようにしなさい。」

ピンギヤさんがさらに尋ねられました。「四方と四囲(シイ)と上と下と、これらの十方(ジッポウ)の世界において、あなたに見られず聞かれず考えられずまた知られない何ものもありません。どうか理法を説いてください。それを私は知りたいのです、この世において生と老衰とを捨て去ることを。」

ゴータマ先生は答えた、「ピンギヤさん、人々は妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを、あなたは見ているのだから、それゆえに、ピンギヤさん、あなたは怠ることなく励み、妄執を捨てて、再び迷いの生存状態に戻らないようにしなさい。」

 

ゴータマ先生は、マガダ国のパーサーナカ霊地にとどまっておられたとき、以上のことを説かれ、バーヴァリの門弟である17人のバラモンに請願されて、問われる度ごとに、質問に対して解答を述べられました。もしもこれらの質問の一つ一つの意義を知り、理法を知り、理法に従って実践したならば、生と老衰との彼岸に達するであろう。これらの教えは彼岸に達せしめるものであるから、それゆえにこの理法は「彼岸に至る道」と名づけられている。

 

ピンギヤさんのバーヴァリへの言葉

即時に効果の見られる、時を要しない法、すなわち煩悩なき〈妄執の消滅〉を、私に説示しました。彼に比すべき人はどこにも存在いたしません。

ピンギヤさんが言った、「バラモンさま。私は、知恵豊かなゴータマ、英知豊かなゴータマのもとから、瞬時でも離れて住むことができません。目の当たり即時に実現される、時を要しない法、すなわち煩悩なき〈妄執の消滅〉を、私に説示されました。彼に比すべき人はどこにも存在いたしません。

バラモンさま。私は怠ることなく、昼夜に、心の眼を以って彼を見ています。彼に礼拝しながら夜を過ごしてします。ですから、私は彼から離れて住んでいるのではないと思います。信仰と、喜びと、心と、思いとが、私をゴータマの教えから離れません。どちらの方角でも、知恵豊かな方の赴かれる方角に、私は傾くのです。

私は、もう老いて、気力も衰えました。ですから、我が身は、かしこに赴くことはできません。しかし思いを馳せて常に赴くのです。バラモンさま。私の心は、彼と結びついているのです。