4月12日(日)は統一地方選挙(県議会議員、市議会議員)の投開票日です
棄権する事なく投票しましょう
最近は統一地方選挙と言えども『統一感』が薄らいでいる
しかし、選挙における投票とは有権者たる国民の義務であり、政を語る権利を有するという事である
選挙における棄権は国民としての『義務』と『権利』の放擲である
つまり、法治国家の国民として『法』に叛き、仮に将来圧政悪政を強いられたとしても不平不満を陳べる資格なし、という事である
その様な者は国民に非ず
すなわち国民たるの根拠を失った非国民である
政治は詰まらない、難しい、解らない
政治に興味がない、興味を持てない、関心がない
よく聞く話だがそれは違う
国民一人ひとりが政治に関心を寄せ、興味を持たないから詰まらない、下らない政治家が蔓延るのだ
その様な政治家を生み出したのは紛れもなく政治に関心を持たない(選挙を棄権する)国民の責任だ
政治とは自ら関心を寄せ、自ら学ばなければ興味など持ち得様もない
何故なら政治とは我々国民生活の今後の方針を決定する事だからだ
己が、子が、先には孫が、果して安心して生活出来るだけの国家足り得たるか否かは今日現在有権者である我々の行動次第である
もし、政治に興味がない、投票(当選させたい)したい候補者が居ない場合はどうすればよいのか
それでも投票所へは足を運ぶべきである
そして『白票』を投ずればよい
『我生活を任せるに足る者なし』=『白票』
それも立派な意志表示だ
先の新潟市長選挙において私は白票を投じた
『新潟市民80万人の長として信任に足る者なし』
という意志表示としての白票だ
開票の結果、無効票3912票のうち白票(他、持ち帰り票2)が何票あったかは定かではない
公表されてはいないのだ
何故なら、現在の日本の選挙制度として白票は単なる無効票でしかないのである
では白票を投ずる事は全く無意味なのか?
否、例え現在の選挙制度下においては『無効票』だとしても棄権するよりは遥かに意味ある行動だ
そうではなく、明らかな無効票(イタズラ書き、候補者以外の名前等)でない限り『白票』はその数を公表すべきなのだ
そこ(白票または持ち帰り票)には必ずや有権者の明確な意志があるからだ
そして当選者は、落選した候補者の得票数と白票及び持ち帰り票の合格数を認識しなければならない
それだけの有権者から自分は信任されていないのだと自責せねばならない
懸命かつ明晰なる我同胞諸君よ
是非とも12日は投票所へ赴き、どの様な形でもよい
棄権する事なく明日の己の、我が子の、孫の、市民の、県民の、国民の生活の豊かならんとする願いを放棄する事なく、その権利を行使し、国民たるの義務を果して頂きたい