邦人ジャーナリスト2人がイスラム国によって拘束された
イスラム国は我が同胞解放の条件に、日本政府が表明したシリア難民や中東紛争地域に対する人道支援と同額の2億ドル(235億円)の身代金支払いを要求している
更に、身代金が72時間以内に支払われなければ2人の殺害を警告している
政府は人を盾とした脅迫には屈しない姿勢を崩しておらず、中東地域への人道支援も確実に行うそうだ
政府の云う通り、脅迫に屈せず身代金を支払う事なく我が同胞が殺害されてしまうのか?
それとも身代金を支払い、解放してもらうのか?
はたまた第3の手があるのか?
第3の手(ここでは身代金を支払う事なく人質も無事解放される事)はともかく、我が同胞が殺害された場合によっても、身代金を支払い解放された場合によっても、何れの場合でも安倍政権はかなりの批判を浴びる事になる
つまりそれは、人質が殺害された場合、同胞を見殺しにした、と非難され、身代金を支払えばテロに屈した、と国際社会からも批判されるだろう
勿論、世界には様々な人種、様々な文化、思想、宗教があり国家がある
誰がどの様な思想を持ち、またどの様な宗教を信仰しようと自由だ
表現の自由も然りである
しかし、己の思想、宗教、表現を具現化する手段を暴力に寄る事は絶対に許されない
相手が非武装の一般人であれば尚更だ
過去も現在においても国際紛争はその殆どは宗教対立(紛争)だ
同じキリスト教でもカトリックとプロテスタント然り
イスラム教においてはシーア派とスンニ派然り
只、世界中のどの宗教もルーツを辿れば一つである
言うなれば、宗教対立を元にした国際紛争とは地球的規模の壮大なる兄弟喧嘩である
であるならば、身内同士の事は身内に任せて態々他人(外国、とりわけアメリカ)が偉そうに出者張る必要はないのだ
他人が口を挟むから余計に事態が面倒だ
何故、アメリカが彼方此方で軍事力を背景に出者張るのかは話が長くなるのでここでは割愛する
しかし今回の事件、実は不謹慎な言い方だが安倍政権にとっては実に運がいい
(拘束されている方々のご家族には大変申し訳ないが)
と言うのも国会では集団的自衛権行使についての法案内容の審議が控えている
当然今回の様な事件が二度と起きないとは断言出来ない
過去も在外邦人を人質に取った大使館襲撃事件は起きている
当時は時の政府が腰抜け共ばかりだったので憲法9条を盾に自衛隊を派遣しなかった
ではどうしたか?
トルコ政府が国費を投じて邦人人質全員を無事脱出させてくれた
何故トルコがその様な事を国費まで投じて、命懸けでしてくれたかに付いてはまた話が長くなるので別の機会に述べる
ともかく今回の事件、集団的自衛権行使の法整備を目指す安倍政権にとっては確実に追い風となるだろう
今後また在外邦人の生命財産が危険に晒された時、直接日本本土に攻撃が及んだら時に同胞を如何にして護るのか?
政治とは国民の生命財産の安全を保障する事だ
外国に同胞が在留していればそこが日本だ
同胞を護る事は何も集団的自衛権でなければ出来ない事はない
個別的自衛権でも十分可能だ
(集団的自衛権に付いてはまた別の機会に触れる事にする)
やはり集団的自衛権行使は容認されるべきではないか、という流れになる事は間違いないだろう
国民にとって一石を投じられた、安倍政権にとっては集団的自衛権行使容認に大きく傾いた事件となりそうだ