デイサービスという場所
そこは運動や交流、入浴を目的として要支援や要介護の方が通う場所である。
様々な種類のデイサービスがある。
機能訓練専門はトレーニングジムのような雰囲気。一般的にデイサービスは女性利用者の比率が7~8割と高いが、こういった運動系は男性が7~8割と逆転する。
また、入浴専門のデイサービス、エステのようなデイサービス、夕方にお酒を飲めるデイサービス、仮想通貨を使って役割をもたせるデイサービス、民家改造型の家族的なデイサービス、そして、認知症専門のデイサービス等々。
創意工夫でいろいろなデイサービスがある。
さて、どのようなデイサービスでも人が集まれば集団になる。
集団になれば、仲間ができる。
仲間ができることは、気持ちの励みになり、またなじみの関係ができることになる。
交流という目的はもちろんのこと、そういった仲間は運動や在宅生活においても大きな心の支えになる。
ところが仲間ができるところには、かならず“いじめ”が起きる。
“いじめ”?
学校や職場ではよく聞く言葉だが、高齢者の通う施設にはそんなことはないだろう・・・。
いや、これは非常に多いのである。
人生経験豊富な方々が集まる場所、人と人とが支えあい、お互いに配慮しあい、みなさんが譲り合う、大人な世界、みなさん楽しく過ごしましょう・・・とはいかないのが現実である。
古くからいる発言力が強い人がグループのボスになり、発言力の弱い人をいじめる。気の弱い人はボスの顔色をみながらデイサービスの一日を過ごしていく。さらにデイサービスの職員はそのボスの機嫌をそこねないように配慮していく。カンファレンスでは「Aさん(ボス)は困った人だ・・」と職員同士で困っているだけで何も解決できない。デイサービスの中は、派閥、グループの力関係ができあがる。
では、なぜそのようなことが起きるのだろうか。
それは人間関係の固定化と役割の喪失の二つが大きな原因である
人間関係の固定化、これはデイサービスの運営の問題である。デイサービスは大抵、席が毎回固定になる。身体状態や認知症状、または相性から席はあらかじめ決められることが多いのだが、これが逆にグループを作ってしまう。また、本当に席の配慮が必要な人に我慢をさせて、意見の強い人がもっとも快適な席に座る、なんてことも発生する。力関係が如実にあらわれるのだ。デイサービスのような大人が集まる交流の場でも、弱者が我慢をしいられることがあり、それを職員は黙認する。そうしながらも「うちは利用者さんみなさんが明るくて仲が良いのですよ」と笑っていうのだ。
もうひとつが役割の喪失である。
これはケアの問題である。
デイサービスにいても、とくにやることがない。
入浴、運動・・といっても一日のうちのほんの数時間だけ、あとはレクだが、もてあます。
人間は何かに打ち込んでいたり、自分が充実していると、他人をいじめたりしない。
自分が弱い立場になったり、寂しかったりすると、自らの気持ちを満たすために、他者をイジメはじめる。だから、役割や目的をしっかりともってもらうことが、良好な人間関係を維持するにはとても大切。
しかし、実際に行うには、日々の人間関係をよく観察し、積極的に関係の中に介入し、同時に見守ることが必要である。そして、弱者の立場にある人の良い面を引き立て、発言力の強い人にもイキイキできる役割を一緒に見つけ出す。
テーブル席は毎回固定せずに常に人間関係を入れ替える、しかし入れ替えるときも、人間関係が途切れないように、微妙な人のつながりを残しておく。そうすることで、常に新しい刺激になり、交流の幅は広がる、おかしな縄張り意識をなくすことができるのです。もちろん、これを実践するには気づきと配慮の力に優れた現場スタッフの存在が不可欠である。
人は心が元気になれば、いろいろな関係性がでてくる。特に認知症の方はそれが如実にあらわれる。デイサービスという場所が、豊かな人間関係の場となり、通う方々が心から満たされるであってほしい。