ルーマニアへ(海外渡航の始まり)
初めての海外旅行は、ソ連のナホトカ。
横浜から、ナホトカ航路の船に乗って行きました。
これは、余り良い思い出はありません。
このルートは、日本からヨーロッパへ海路・陸路で
ユーラシア大陸を横断するナホトカ航路とシベリア鉄道の旅行です。
海路は、青森と北海道の間、津軽海峡を抜けて進みます。
津軽海峡を通過するときは船内放送で乗船者が一斉に船べりから陸地を眺めました。
船からの景色は、天候の関係で薄曇りで陸と海原を
眺めるだけ、感激はなかったような。
船尾から見た北海道と青森の陸地は、感慨深かった
記憶があります。
「初めて海から眺めてみて、近くにあっても離れている」
日本は陸続きではない島国を実感した記憶があります。
船なので長い航路が延々と続き、ナホトカへ到着。
ナホトカに着き一旦ホテルへ投宿。
行動制限もあって街中のパン屋とお土産やに。
パン屋、日本とは違い焼いたものではなく
蒸しパンです。
熱いうちは食べられますが、冷めたらカチカチになり、
フランスパン同様、釘が打てるくらい固い。
(パンで釘を打ったことはありません。)
お土産屋の記憶は、マトリョーシカ、ウォッカ、
瓶詰のフルーツ、それ以外の記憶はありません。
シベリア鉄道でナホトカからモスクワまでは、
汽車等の故障で行けず、翌日、日本へ帰国。
帰国の航路では、少年少女のバレエ団(?)
団員が乗船、通路等で練習を行っていました。
彼らがすごく素敵に見えたとの思いでのみ。
男の子も、女の子もスタイルがよく、
顔も綺麗に見え、話しかけようとしたら、
団員の監視者から注意を受け、追い払われ
すごく残念(今なら携帯で簡単に写真撮影も
出来たと思いますが、携帯もなく小型カメラ
持たない時代のこと、思い返すのみ。
残念な気持ちのまま帰国しました。
そして、、、、数年が経ち
渡航先は、ルーマニアに。
行き先が決まったときは、ルーマニア??
ナディアコマネチ、タケシでおなじみの世界の
『コマネチ』
体操選手で有名な国?
東ヨーロッパのはずれ。
不安とーーー期待?!
想像出来ない!
周りの慰めは、一応ヨーロッパだよ~?
大丈夫だって、頑張って。
いまと違い、旅行ガイドもなく、図書館でも
資料が余りなく、どうしたらよいか
判らないまま準備を始めました。
海外に行くために必要な薬や下着、服。
等々あるものの搭乗荷物の持ち込み制限と
アナカンの料金限度額、いずれも
最低料金が持っていける範囲。
トランクとジュラルミンケースの2個。
これ以上は、なにも持っていけない?
日本の物が海外に何もなく、持ち込みも
制限される国です。
まだ成田に飛行場がない時代のこと。
羽田飛行場から出発となります。
初めての海外旅行は、ソ連のナホトカ。
横浜から、ナホトカ航路の船に乗って行きました。
これは、余り良い思い出はありません。
このルートは、日本からヨーロッパへ海路・陸路で
ユーラシア大陸を横断するナホトカ航路とシベリア鉄道の旅行です。
海路は、青森と北海道の間、津軽海峡を抜けて進みます。
津軽海峡を通過するときは船内放送で乗船者が一斉に船べりから陸地を眺めました。
船からの景色は、天候の関係で薄曇りで陸と海原を
眺めるだけ、感激はなかったような。
船尾から見た北海道と青森の陸地は、感慨深かった
記憶があります。
「初めて海から眺めてみて、近くにあっても離れている」
日本は陸続きではない島国を実感した記憶があります。
船なので長い航路が延々と続き、ナホトカへ到着。
ナホトカに着き一旦ホテルへ投宿。
行動制限もあって街中のパン屋とお土産やに。
パン屋、日本とは違い焼いたものではなく
蒸しパンです。
熱いうちは食べられますが、冷めたらカチカチになり、
フランスパン同様、釘が打てるくらい固い。
(パンで釘を打ったことはありません。)
お土産屋の記憶は、マトリョーシカ、ウォッカ、
瓶詰のフルーツ、それ以外の記憶はありません。
シベリア鉄道でナホトカからモスクワまでは、
汽車等の故障で行けず、翌日、日本へ帰国。
帰国の航路では、少年少女のバレエ団(?)
団員が乗船、通路等で練習を行っていました。
彼らがすごく素敵に見えたとの思いでのみ。
男の子も、女の子もスタイルがよく、
顔も綺麗に見え、話しかけようとしたら、
団員の監視者から注意を受け、追い払われ
すごく残念(今なら携帯で簡単に写真撮影も
出来たと思いますが、携帯もなく小型カメラ
持たない時代のこと、思い返すのみ。
残念な気持ちのまま帰国しました。
そして、、、、数年が経ち
渡航先は、ルーマニアに。
行き先が決まったときは、ルーマニア??
ナディアコマネチ、タケシでおなじみの世界の
『コマネチ』
体操選手で有名な国?
東ヨーロッパのはずれ。
不安とーーー期待?!
想像出来ない!
周りの慰めは、一応ヨーロッパだよ~?
大丈夫だって、頑張って。
いまと違い、旅行ガイドもなく、図書館でも
資料が余りなく、どうしたらよいか
判らないまま準備を始めました。
海外に行くために必要な薬や下着、服。
等々あるものの搭乗荷物の持ち込み制限と
アナカンの料金限度額、いずれも
最低料金が持っていける範囲。
トランクとジュラルミンケースの2個。
これ以上は、なにも持っていけない?
日本の物が海外に何もなく、持ち込みも
制限される国です。
まだ成田に飛行場がない時代のこと。
羽田飛行場から出発となります。
