満天の星空の下、大富豪は言った。
「まず、シンプルに話をすると、この世に価値というものは無いんだ。」
ぼくが驚くと、大富豪は言った。
「どういうことかと言うと、「価値」というもの自体、人間が勝手に考えたただの幻なんだよ。
例えば、人類が誕生する前、地球にはただ自然があっただけだったんだよね。
もっと言うと、「自然」という名前すらなく、ただ「在った」だけだったんだ。
そこに人類が誕生して、この石はダイヤモンド、この石はサファイア、ダイアモンドはサファイアより価値がある、とかって後から勝手に言い出しただけなんだ。
例えて言うなら、ヒーローごっこをしている友達に、俺は仮面ライダー1号、君はV3ねっ、て勝手に言われてるのと同じで、
本当は仮面ライダー1号でもV3でもないんだよ。」
確かに、と頷くぼくに、大富豪は続けた。
「そして、価値があるとか無いとか言うってことは、それを決めている何か基準があるってことだよね。
その基準のことを、「価値観」って言うんだ。
で、この人間の「価値観」ほど、いい加減で曖昧なものはないんだよ。」
大富豪はニコリと微笑んだ。
「牛売りの兄弟っていう話があってね、ある兄弟が市場に向かって牛をひいて歩いていたんだ。
すると、前からやって来た人に、歩くよりも牛にまたがって行けばいいのに、と言われたので、
それもそうだと思った兄弟は二人で牛にまたがって進んでいたんだ。
するとまた、前からやって来た別の人に、二人もまたがって牛が可哀想だと思わないのかって言われたので、
それもそうだと思った兄弟は、お兄ちゃんだけ降りて歩くことにしたんだ。
するとまた、前からやって来た別の人に、年長者の兄にだけ歩かせてひどい弟だと言われちゃったので、
今度は弟だけ降りて歩くことにしたんだよね。
これで大丈夫だろうと思っていたら、前からやってきた別の人にこう言われたんだ。
小さな弟だけ歩かせて、なんてひどい兄なんだって。」
ぼくは少し笑ってしまった。
大富豪は構わずに続けた。
「人の価値観っていうのは、こういうものなんだよ。
絶対的な正解なんて、はなっから無いんだ。
しかも価値観というのは、小さい頃に親が言っていたことや学校で先生が言っていたことが元になって、知らない間に入って来ちゃっているものがほとんどなんだよ。
いや、全部がそうだと言ってもいい。
だから、「価値」というもの自体、
「価値観」という何のあてにもならない妄想が勝手に産み出している幻なんだ。」
大富豪はぼくを見つめると、言った。
「そして、色々な価値観に価値があると判定されると、優越感が産まれ、
価値が無いと判定されると劣等感が産まれる。
この優越感や劣等感に、本当に多くのひとが振り回されちゃっているんだよね。
でも何度も言うけれど、
「優越感」も「劣等感」も、いい加減な「価値観」という妄想が勝手に産み出す、なんの足しにもならないただの錯覚なんだよ。
でも、錯覚というのは恐ろしいもので、本人にはそうである様にしか見えなくなっちゃうんだ。」
なるほど、とぼくは頷いた。
「僕たちのような人間は、劣等感が無い代わりに、優越感というものも無いんだ。
ただそうなんだ、というだけで、振り回されるという事がない。
じゃあ、どうすれば振り回されないようになるのかと言うと、答えは簡単で、
「自分には無限の価値がある」という価値観で生きればいいんだよ。
でもそんなの妄想じゃないか、と思う人がいるかも知れないけれど、
「そんなの妄想だ」という価値観もただの妄想なんだから、
どうせ同じ妄想を見るなら、より幸せな妄想を見て生きたほうが素敵だよねって話なんだ。
それが、「自分には無限の価値がある」という価値観を選んで生きるという、自立した生き方なんだよ。」
大富豪は言った。
「じゃあ、具体的にどうすればいいのかというと、
すべての感情や観念の向こうに、「何も無さ」を見るようにするんだ。
全ては、何も無さから生まれてくる。
劣等感、怒り、優越感、焦り、その元々にあった「何も無さ」に目を向けるんだ。
静寂、とかって言ったらカッコ良すぎるから、ただ単純に、元にあった何も無さを見る。
本当は人はこの「何も無さ」という静寂、平安を求めているんだよ。
なぜかっていうと、そこには元々何も無かったからなんだ。」
ぼくは、はあ、と答えた。
大富豪は笑って言った。
「まあ、深く考えず、そんなものかな、と思ってもらえればいいよ。
どんな時も、元々にある「何も無さ」を見る。
すると、その何も無さの上に浮かぶ価値観が、ただの幻だということがだんだん解ってくる。
そうすれば、自分が見たい幻を選べるようになるし、人が見ている幻を尊重してあげられるようになる。」
ぼくはそんなものかな、と思った。
大富豪はゆっくりとワイングラスをかたむけると、言った。
「そうすると、豊かな気持ちで生きられるようになる。
豊かな気持ちの人が豊かになるのは、ごくごく自然なことだよ。」
空には、満天の星が輝いていた。