満天の星空の下、大富豪は言った。
「きみは、お金持ちになりたいかい?」
ぼくは、すばやく「はい。」と答えた。
「じゃあまず、大切な前置きを話そう。
まず、この世界は、本当は幻なんだ。
どのように幻なのかは、量子物理学者達や、悟りに至った先人に説明をゆずろう。
ただ、本当は「意識」だけがあって、あとの全ては、その中に映る、存在はするけれど実在はしないものなんだよ。」
ぼくは、いきなり面食らった。
大富豪は、驚くほど明るく笑った。
「まあ、何言ってるのかな、と聞き流してくれればいい。
解るときがくれば、必ず解るようになっているからね。
でも、本当はただ「意識」だけが実在で、それ以外のすべて、
つまり「ぼく」や「きみ」を含んだすべては、ウサギのツノのような、
それを観ている「だれか」にとっては存在はするけれども、実在するものではないんだよ。」
ぼくは、返事もできなかった。
でも、なにか、胸の奥で、ほっとする感じがした。
「ぼくが以前話した「何も無さ」というのは、このまっさらな「意識」のことなんだ。
本当の何も無さというのは、「無い」ということ自体が無い、つまり全て有る、という存在でもあるんだよね。
まあ、そんなこともあるのかなぁ、と知っていてくれるだけでいいよ。
だから、お金持ちになる、ということも、
所詮はウサギのツノが欲しい、という実在しない存在を求めている話なんだっていうことなんだ。
そういう気楽さがまず大切なんだよね。
そうじゃないと、ひとはすぐに「価値観」という妄想に引き込まれて、「価値」という幻の虜になってしまうからね。」
大富豪はそう言うと、心底気楽そうに、でも深く満足げに、ゆっくりとワイングラスをかたむけた。
「じゃあ、そういう幻のおとぎ話として話すよ。
まず、お金もちが最も考えないことはなんだと思う?」
なんだろう、とぼくは考えた。
大富豪は続けた。
「それは、お金持ちになりたい、ということだよ。
リンゴがリンゴになりたい、とは思わないように。」
まあ、それはそうか、とぼくは思った。
「この世界は、意識がすべてを生み出しているんだ。
お金持ちになりたい、という思いは、いま足りない、という意識をつくりだす。
でもその反対に、深い満足感や感謝の思いは、充分に有る、という意識をつくりだす。
すると、世界はそのようになる、そうしてぼくは大富豪で、きみもそうならそうだろう、
という、これだけの話なんだ。」
ぼくは、なんだか、納得できなかった。
「望みをすべて叶えたものが絶対に持っていないもの、それは「望み」なんだ。
だってすべての望みがかなっているんだからね。
そこに残っているものはなんだろう?深い感謝だけだ。
そこで、多くのひとはこう考える。
あの人は、すべての望みを叶えたから、深い感謝だけが残ったんだろう、って。
でも、違う。本当は逆さまなんだ。
深い感謝がまずあって、それがすべての望みに置き換わっていっただけなんだ。
それが、「望み」が叶うということなんだよ。」
なんだか、ぼくはハッとした。
「望みをもっちゃいけない、と言っているんではないよ。
きみがやりたい、と思うことをすればいい。
自由意志というのも、原初の何も無さがうみだした幻のひとつだ。
ほんとうは、「きみ」が選んでいるわけじゃない。」
えっ、とぼくは驚いた。
「つまり、ぼくたちも幻のひとつで、すべては「意識」が生み出している。
この「意識」を、かみさまとか、宇宙とか、どう呼んでもいい。
上着のことを「ベスト」とよぶか「チョッキ」とよぶかの違いくらいしかない。
でも、究極的には、自由意志というものも、存在はしているけれど実在はしていないんだ。」
ぼくは、どう受け止めていいかわからなくなった。
それなら、もしぼくがこの船で盗みを働いても、それは宇宙の意志なんですか?
とたずねた。
大富豪は、愉快そうに笑った。
「そうだろうね。そしてぼくがきみを船から追い出したとしても、それも宇宙の意志だ。
でも実際はきみはそうしないだろう。
そのような質問をわざわざしたという事がその証拠だね。
きみは、盗みを働かない。
なぜなら、実在はしなくても、幻としての自由意志はちゃんとあるからだ。
もしきみが過ちを犯したら、それは「宇宙の」意志だ。
自分を責めなくていい。
もしきみが思いとどまったら、それは「きみ」の意志だろう。
自分を誇りに思うといい。
いずれにせよ、それは「りんご」か「アップル」かの違いでしかない。
だって、そのふたつの正体はまっさらな「意識」なんだからね。
ふたつは、同じものなんだよ。」
ぼくは、頭がこんがらがった。
大富豪は、優しく続けた。
「たとえ幻の自由意志であったとしても、ぼくたちにとってはそれはある。
だとしたら、なんであれ見たいとおもうものを自分の中に観ればいいんだ。
きみが見たいと思うものは、宇宙がきみに見せたいと思っているものなんだっていうことだよ。」
ぼくは、やっとなんとなく解った気がした。
「っていうところまできたら、具体的な話にうつろうか。」
ぼくは、気をとりなおして、聞き入った。
「まず、きみはお金持ちになりたいんだったよね。
ということは、「望み」があるわけだ。
お金持ちになりたいという望みを叶えた人が持つはずがない「望み」、これが、きみを望む状態から遠ざけている一番の反発なんだ。」
えっとぼくはおどろいた。
「じゃあどうするか。
答えは簡単。その「望み」を、「感謝」に置き換えればいい。
つまり、自分は金持ちに「なりたい」ではなくて、
自分は金持ちで「感謝」」に置き換えるんだ。
不足という意識から生み出された「望み」が「感謝」に置き換わったらどうなるか。
無限の豊かさという意識が、そこに現れる。
すると、「現実」という幻はひとたまりもなく変わりはじめるんだよ。
そもそも、きみがそう思ったということ自体、無限の豊かさという意識が、きみにそう思わせた、ということなんだ。」
ぼくは、うーむ、とうなった。
大富豪は笑って続けた。
「じゃあ、さらに具体的に、「望み」や「不満」を「感謝」におきかえるにはどうしたらいいか、
その方法を教えるよ。」
ぼくは、身をのりだした。
「まずは、月並みだけれど、いまある「当たり前」に感謝をする。
なんでもいい。感謝というのは、すごいエネルギーを持っているからね。
何も思いつかない、という人は、とにかく自分に感謝する。
なにがどう、ということ無く、思えなくてもいいから自分に「ありがとう」と感謝する。
むしろ、なにもしていない時、とても感謝できない時ほど自分に「ありがとう」と感謝する。。
すると、自分の「存在価値」に感謝の意識が注がれていく。
それだけでも、自分の銀行口座に莫大な財産を振り込んでいる以上の価値がある。
なぜなら、その人からはやがて自然と周りに対する感謝があふれてくるからだ。
そうした感謝は、無限の豊かさという意識によって、無限に豊かな現実という幻を生み出し始める。
きみは、ただそれを目撃するだけでいい。
深い感謝と共にね。」
ぼくは、なんというか、息をのんだ。
「もうひとつ、さらに具体的な方法がある。
それは「言葉」だ。
言葉ほど、意識を変容させるものはないといっていい。
じゃあどんな言葉を言えばいいのか。
それはこうだ。
金持ちって、ええわ~!」
ぼくは、あっけにとられたあと、笑ってしまった。
大富豪も笑っていた。
「これは本当に大切な奥義だよ。
○○ってええわ~!と、実感を込めていうんだ。
深い満足と感謝をこめて、現実のものとして、金持ちって、ええわ~、とね。
いまの現状がどうであっても関係ない。それは所詮幻だから。
今のきみがどういう意識で、どんな思いを注ぐか、それで現実は決まっているんだよ。」
ひとしきり、ふたりで笑ったあと、
大富豪は言った。
「本当は、お金というものは、何かと何かを交換する時の道具でしかないんだ。
ずーっと物々交換じゃあ不便だったからね。
でも、お金というもの介せば、いちいち交渉しなくても直接交換できる。
そういう、「道具」なんだ。
それを使って、どんな生き方をしたいのか。
それが、本当の目的なんだよね。
だから、家族ってええわ~!とか、
平和ってええわ~!とか、
そういうより豊かなものをきみも、たくさん見つけられるといいね。
そのためにはどうする?」
ぼくは、すかさず「本当の豊かさと共に生きてるぼくって、ええわ~!」とつぶやいた。
大富豪は、ひとしきり笑ったあと、乾杯をして、こう言った。
「この世界はすべて幻。でも、感謝している。
こんなに素晴らしい夜を過ごせるんだからね。」
空には、満天の星が煌めいていた。