アセンションで始まる世界 -29ページ目

肯定と否定と調和

 
哲学やスピリチュアルではよく使われている言葉ですね


沢山の本やサイトなどの情報を得て成長への渇望が湧いてはいても、実生活の些細な事象で感情に振り回されて現実と理想のギャップを感じてしまってはいませんか


特に自分の意思の“肯定”ばかりに意識している時に自己の外側から自分の意思の遂行を阻害する働きが加えられるとその働きを加えた対象に攻撃的な反応をしがちになります


例えばあるスーパーに好きな食べ物を買いに行く時に家を出る寸前に電話が鳴ったり、途中の道で工事で通行止めにより遠回りを余儀無くされたり、やたら信号待ちしたり、お目当ての商品が無かったり、別の店まで行って見つけたはいいがレジでの行列が長く、お年寄りがゆっくりとお支払していたり、レジで自分の番が来て財布を出そうとしたら忘れていたり・・
ここで肯定にハマっていると八つ当たりなど自己の外側に攻撃的な言動をとりがちになります
ここで一つの意思にハマらず“いつでも買いに行くのを止める”選択肢も持っていれば家を出る寸前の電話にも余裕をもって対応でき、工事による遠回りや信号待ちも安全運転、違う店に行くのも何かのご縁、レジ待ちの間に財布を確かめてもっと早く忘れたことに気づいたりその後の行動にわざわざ外側に攻撃的にならずに自己の内側で治めやすいこととなります


あくまで私的な経験則です


急いでいたり、感情に支配されているとついハマりがちになってしまいますが

形に残らなくても骨折り損なことはないと観じてみましょう、何をやってもやらなくても経験は積み上がるから・・

精一杯骨折り損なことをしてもさくっと流して“いい経験有り難う、次に進もう”で負を引きずるのは終わらせましょう


自分への記録とします


すべてに感謝します。


ありがとうございます。




アセンションに感じた記録簿-CA3E0026.jpg

つくづく“ご縁”なのですね

 
気づき、ピンとくる“時”“言葉”“人”“状況”

そしてそれらを受け入れることができる、その人の“状態”

タイミングと状況が合致しなければ起こり得ない

人それぞれの段階で最適な成長へのきっかけ

作り得るのは“ご縁”


すべてに感謝します。


ありがとうございます。




アセンションに感じた記録簿-CA3E0026.jpg

何の形も残らないことをする

 
あえて人の見ていないところで、誰かが喜ぶことをする
みんなが喜ぶことをする

だれも見ていないところで清掃や整頓をする

よく“陰徳”とか言いますね

この世で評価などされなくても、それらこそ本当に価値あることなんだな~と最近は特に実感しています



すべてに感謝します。


ありがとうございます。




アセンションに感じた記録簿-CA3E0026.jpg