アセンションで始まる世界 -25ページ目

パワーダウン

 
パワーダウンしている間は、それに気づいていないことが多いですね

注意力、集中力、前向きな活力の不足により自分の状況が認識しにくくなって悪い結果を引き寄せてしまうようです


パワーダウンの原因は細かくは多種多様ですが大元は宇宙の法則に反した選択があったのでしょう


特に感情に囚われている時は冷静に観ることができず、誤った選択に陥りやすい

選択に正誤はないのでしょうが“誤った選択”は“望まない結果を招く選択”ということです

最近、私に起きた事象を顧みると普段より後ろ向きな感情に長い時間囚われていたのに気づきました


パワーダウンを招き望まない結果を引き寄せてしまったようです

起きてしまったことはまた教訓としてありがたく頂き

畏れ、迷い、奢りに囚われず前に進みます


すべてに感謝します。


ありがとうございます。




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生命エネルギー略奪競争の終焉へ向けて

 
万物は直接、内在神からエネルギーを頂くことが最優先ですが人は他の人から手っ取り早く奪おうとしてしまう

主導権争い、注目集め

そして奪ったエネルギーは還元されず一時的な高揚感と自己陶酔に使われる

その関係が人と人、グループ、社会と繰り広げられお互いのエネルギー低下と老化をひたすら加速してきてしまいました


やっぱり各人、一人一人が内在神、内在する宇宙との繋がりからエネルギーを頂くことを優先し、他に与えあう


特に異性間のエネルギーのやりとりはあまりに容易く与えあいから奪い合いに移行し、両方の成長を停止させてしまう

それら依存中毒を起こす落とし穴は“一目惚れ”や“運命を感じた”などの強烈な幻惑、誘惑効果で陥りやすい不幸への道です


まずは自己の内在神との繋がりにブレなくなってからなら依存中毒を起こすことは無くなるでしょう


精神的成長はなかなか目に見えず肉体的成長で1人前と判断され、また自己判断し家庭をつくってきてしまったからこそ自分達の課題をさらに増やしてきてしまいましたね

内在神、内在宇宙を観じて観じ続けるように、まずは自己を成長させて生きましょう


すべてに感謝します。


ありがとうございます。




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私は花が嫌いでした

 
私の父は花が好きでした

私は子供の頃、父の手伝いで家の庭に花を植えたり、花の種を蒔いたりしました


その頃はその“仕事”が嫌いでした

種蒔きは少し楽しんでやった覚えがありますが花に対しては全く愛情がわかず、適当に植えていました


“わざわざお金を出してこんな物を買って何が楽しいのかな?”

“これに水や肥料を与えて眺めて何が嬉しいのかな?”


“早くこの仕事を終わらせて遊びに行きたいな”

小学校低学年ながら私はこのような感情を持っていました


ドラマなどでも“花を渡されてなにが嬉しいのかな?”

“お見舞いは花より食べ物がいいな”

“鉢に入れないで花束で渡すとかその場で花を摘むなんて結局は花を殺すことだ”


と屁理屈っぽく感じていました

その後、成人して就職して暫く経ち富士山の麓に行った時に突然、不思議な感覚に陥りました

朝日、山、木、土、花、石、空、雲などの自然と一体になった感じです


とても感動し“感謝の念”が湧き起こり、気がつくと涙が流れていました


あまりの感動にまたその感覚を味わいたいと思いその後度々、大自然に接した際は意図的にその感覚を作り出そうとしましたがうまくいきませんでした


何も意図していない時に同じ感覚に2回ほど、近い感覚に数回今までに経験しました


さらに月日が経ち、最近になって宇宙、万物のエネルギーを意識する時に自然、特に植物、森、花のエネルギーは人間に感動を与えてくれていて“美しい”と私達を感動させるとさらにエネルギーを増すようです


今からすると過去の自分の花嫌いは自分でも驚きです

原因は完全にはわかりませんが“花”が私に“正常な状態”を取り戻させようと働いてくれていることに私が無意識に反発していたからだと観じます


私は幼少の頃は人見知りや人の好き嫌いが激しく嫌な人には常に“うらみの念”を抱いていました

“花”はそんな病んだ子供の私を癒やそうとしてくれていた

私は“うらみ”を継続しようと抵抗していた

正常に戻りたくなかった

うらみを抱いていたかった

感情に負けていた


長い間、癒やしてくれてありがとう


仲直りできて感謝します



すべてに感謝します。


ありがとうございます。




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