太陽の年 | ウズブロイェニエのブログ

ウズブロイェニエのブログ

ほのぼのやってマス♫



太陽の年(1984年)

監督 クシシュトフ・ザヌーシ
出演 スコット・ウィルソン
   マヤ・コモロフスカ
   ズビグニェフ・ザパシェヴィッチ

**終戦直後、アメリカ兵のノーマンはポーランドの小都市へ戦犯調査団の一員として任務についていた。調査団での移動の途中で列から外れ、一人壊れた車に向かって用を足している時に車内の人影に気づいた。車の中にはポーランド人jの女性のエミリアいた。その後、エミリアの家へ謝罪に行ったノーマンは、言葉は通じないがエミリアと親しくなっていく**


久々に観た。でもザヌーシの映画はまだあまり数観ていない。どんよりしていてイマイチ内容もわかり難い作品をつくる印象。でも賞を撮っただけに、『太陽~』はまだわかりやすい。そして恋愛ベースなので観やすい。ただ相変わらず、どんよりしていてとても地味な作品。
終戦直後を時代背景に撮った恋愛映画ならば、若い男女を主人公に用いて、若者の純粋さや次世代への希望やらを描いたものは多いと思う。でも『太陽~』は、冴えないオッサン兵と戦争未亡人となった疲れたオバさんの話。全くお色気はない。希望だの光だのというより、ひたすら苦い。
戦犯調査団としてポーランドへやって来たノーマンは孤独で、言葉の壁もありエミリアへカッコイイ台詞を言う訳でもなく、どう見ても米国から来たヒーローとい感じからはかけ離れている。
一方、戦争ですっかり疲れてしまったエミリアも生活は相変わらず貧しく、自分にはすでに色気がない事も察している。強盗に押し入られ、強姦されそうになった時も”ババァなんて止めとけ!”ぐらい言われ難を逃れてしまっている。まさに戦争でボロボロになってしまったポーランドという感じ。



ノーマンとエミリアはお互い母国しか語話せないので会話のやり取りはほぼ通じていない。こういう設定であれば会話でのすれ違いを、笑いを誘う場面として盛り込むことも容易かったと思う。でもザヌーシのアプローチはやはり違う。地味に進む物語の中に良さが潜んでいる。
ノーマンが通訳を連れエミリアに思いを伝える場面は特に素晴らしい。
通訳の若者には、大人の二人の感情を上手く翻訳することが出来ず苛立ち始めるが、そんな通訳の姿を見た二人は笑いだしてしまうので、通訳の若者は怒ってしまう。
三人の中では唯一二人の言語が理解できるはずの通訳にだけやり取りが読み取れず、取り残されてしまう状況は、二人が言葉の壁を明確に超えた場面でありとても温かさが伝わって来る。でも、観ているこちらも通訳の若者同様に笑えない。あくまでもノーマンとエミリアだけが感情を共有出来た空間として作り上げているようだ。とても盛り込みかが凝っている。

二人の大人の事情をふんだんに取り入れた物語は当然ハッピーエンドへは向かわない。もちろん『失楽園』のような方向にもいかないが、最後までとてつもない困難が静かに続いてしまう。それでも母親を含めた3人が貫き通した何かは、悲しい結末の中に微かな暖かさを感じ取ることができる。微かなのに力強い。とても巧みな幕切れに改めて脱帽した。

ポーランド映画は良質なものも意外と多いが、恋愛映画系となるとむしろショボイもののほうが多い。そんな中ではずば抜けて完成度の高い作品のはずなのに、地味な存在なのが残念。
Mコモロフスカをはじめポーランド人俳優も良かったが、Sウィルソンの存在はあまりにも別格だった。映画の中で描かれるアメリカ人であればヒーロー、もしくはアンチヒーローであるほうが自然だと思う。『冷血』のウィルソンはインパクトが強烈だった。でもノーマンはいたって凡人でしかない。凡人が貫き続けたからこそ力強さとして、現実味を帯びて見ることもできたし、親近感おも感じることができたと思う。そんなノーマンの強さと弱さをウィルソンは絶妙のバランスで演じていた。