太陽の王子ファラオ | ウズブロイェニエのブログ

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太陽の王子ファラオ(1966年)

監督 イェジー・カヴァレロヴィッチ
出演 イェジー・ゼルニク
   バルバラ・ブリルスカ
   クリスtティナ・ミコワエフスカ

**戦での成果を挙げていた王子ラムセスは、父である王の判断力に疑問を抱いていた。国内の情勢、経済力、軍事力の衰えは司祭たちによるものと考え、強国を建築する事に強い野心を抱き、ファラオになるときを待ち望んでいた。ある時、戦の合間に見かけたユダヤの娘を妾として迎え入れ子を生ませるが、王子の振る舞いに反感を抱いていた司祭ヘアホーは策略を企ていた。**


『尼僧ヨアンナ』の次に作られた66年のカヴァレロヴィッチ作品。
ポーランド映画なのでどうしても、体制批判的な揶揄をみつけてみようと思ってしまうが、カヴァレロヴィッチ監督はどちらかというと政治色のあまり感じさせない映画をつくる傾向がある。この映画は珍しく政治を扱った内容で、絶対的な権力を持つ王ファラオと神に仕える司祭たちが政治に大きな影響力を持っていたために、両者の間で生じる摩擦を描いている。主人公のラムセスが、やがてファラオとなり司祭側と対立していくのだが、このラムセスの心理描写がかなり丁寧に描かれているため、映画としては、王族と司祭たちとの権力争いの下で苦しめられ続けている民衆といった埋もれている主題も見えてくる。
政治を扱った映画でも、当時の国内情勢とは一線を置いた目線で描くこの監督の手腕はさすがだと改めて思った。こういった映画はワイダの作品ではなかなか味わう事のできない。
主演のJ・ゼルニクは分かりやすいのだが、『灰とダイヤモンド』のE・クシジェフスカや『尼僧ヨアンナ』のM・ヴォイトなどといった共演者の判別は大変困難だった。登場人物は肌の色をエジプト人に似せるため全身ペイントをしていて、王族や戦士たちは頭に大きなかぶり物をしているし、司祭たちは全員スキンヘッドなので、顔の判別に相当気を使わせられた。