~移転のお知らせ~
こんにちは!いつもWasedaSportsBridgeのblogをご覧になっていただきありがとうございます!
本日7/16をもちまして、ブログを→http://wasedasportsbridge07.blog105.fc2.com/ に移転いたしました!
お気に入りの変更等面倒な点も多いかとは思いますが、これからも読者のみなさまに様々な情報を提供できるようがんばっていきますので、今後ともよろしくおねがいします!
ではでは、新しいブログでお会いしましょう(^O^)/
第4回熱いWA!PROJECT
お久しぶりです、加賀一輝です。
お待たせしました!今回は第4回熱いWA!PROJECTの様子をお伝えします。
今回取材させていただいたのは早稲田大学山岳部に所属している小柳一洋さんです!
ユーモアのある方で話が弾んだので、取材は2時間にわたりました(・ω・)/
では本文に参りましょう。
第4回熱いWA!PROJECT~小柳一洋さん編~
小柳さんは静岡県生まれ。
サッカーどころである静岡の子供らしく、少年時代はサッカーに熱中していた。
しかし中学生の頃に運命的な出会いを果たし、その後の人生を運命付けた。
その出会いとは、冒険家・植村直己さんの著書である「青春を山に賭けて」との出会い。
この植村さんの自伝とも言える本を読んで、感銘を受けたのが登山との出会いでもあった。
さらに幼少時代から自然に囲まれた故郷に育ち、普段から自然の凄さを思い知るが故の『自然に対する憧れ』も持っていたので、おのずと登山への道が開けていった。
そして、中3の学校見学でたまたま行った高校に山岳部があることを知り、『山岳部に入りたい!!』というモチベーションを持って受験を乗り切り無事希望の高校に進学する。
その高校が、藤枝東高校。サッカーの名門で知られる同高校だが、小柳さんはそのモチベーションを持っていたこともあり、迷うことなく山岳部に入部した。
初めて山を登ったのもこの頃であった。
当時、アルピニストの野口健さんが清掃活動をやりながら登山を行っていることが注目され、学校の総合的学習の授業でも紹介された。
そこで小柳さんは『地元の山はどんな感じなのだろうか!?』と思い、初の登山に挑戦した。
高校時代はテントの設営や4人1組での統率された動きを見る「安全に登山をするため」の大会に出場する。その時小柳さんは『大学でも登山を続けたい』と思った。
そこに推薦の話が舞い込み、『興味もあった』ことから現在所属する早稲田大学スポーツ科学部、そして山岳部への門を叩いたのだ。
大学でも順調に登山生活を送っていた小柳さん。
しかし、そんな小柳さんにも『これは死ぬな』と思った出来事があった。
フランスのシャルドネという山を無事登り終えてロープを垂らして岩に引っ掛けながら下山しているときにその出来事は起こった。
上から「ピエール、ピエール!(フランス語で『落石』の意味)」と声がした。
その時小柳さんは経験則から『チマチマしたものかなー』と思ってちょっと気を抜いた。
が、次の瞬間サッカーボールや人の顔より大きな岩が50m程頭上の崖から落ちてきた。
「ブンブンブン」と音が聞こえるくらい強烈な速さで小柳さんに迫ってきた。
もはや考えて避ける暇はなかった。
とにかく近くの壁に寄りかかると、岩は小柳さんが元居た場所を通っていった。
この出来事について小柳さんは『自分達がミスった訳ではないだけにあの落石はキツかった』と漏らした。
さらに『なんで俺ここにいるんだろう!?』と少し哲学的に感じたとも言っていた。
さらに、もう一つ小柳さんは登山をしていて貴重な体験をする。
南アルプス(赤石山脈)にある北岳を気の合う相棒と共にたった二人で登り切った帰りに相棒が滑落してしまって相棒の顎が血まみれに。
周りに何もない。誰も居ない。行くにも戻るにも2日はかかる。
そんな状況は初めてだったので、生きる術をそこで必死に考えた。
ひたすら励まし合うことしかなかった。
結局自力で山小屋まで戻り、相棒は応急処置をして事なきを得たが、そこで『山って危ないんだな』と強く感じた。
『山に行かないのが一番安全だ』と言い切る小柳さんだが、それでも登山を続ける理由は『登山が好きだから』という。
『山に行って周りに何もなくなったら、逆に生き生きとする。普段都会で揉まれてるだけにそこでバランスを保つ』ともいう。
まさに山、そして自然を愛するが故に出てくる言葉だ。
そこで小柳さんが登山から得たモノを聞いてみた。
そうしたら、ひとつの言葉が口をついた。
『100人の友達より1人のマブダチ!!』
なんて熱い言葉なんだ。
続けて小柳さんが口を開く。
『山を登るときは初めて登る人とはそれなりのところまでしか行けない。やっぱり信頼し合う人間同士じゃないと高い山は登れないから』
登山をやっていないとなかなか出てこない言葉であり、非常に説得力がある言葉であった。
さらに、「登山は頭を使うこと」を覚えたそうだ。
山の様子を見て先々のルートを考えたり、ラジオで天気図を聞いて自分で天気予報をしたりすることから、自然と頭を使うことを覚えたという。
『今では壁を眺めて「どこを登ろうかな!?」と考えたりするのが楽しい!』と嬉しそうに語っていた。
そんな小柳さん、やはり年を取っても登山は続けたいようだ。
『おじいちゃんになっても百名山(日本百名山)や二百名山(日本二百名山)を登りたい』と言っていた。
『「行けるかどうか分からないルート」は若いうちにしか行けないと思うけど、年齢によって出来ることはあるから、「生涯スポーツ」として、「趣味」として登山を一生続けていきたい』とも言っていた。
そして、『孫を連れてハイキングをしたい』のが一番の夢だそうだ。
最後に、自分が小柳さんから聞いた言葉で最も印象に残った言葉を記しておく。
『そこに僕がいるから。』
「なんで山に登るのか?」という問いをされたらいつもこう答えるという。
シンプルではあるが、これもまた力強い言葉だ。
これからも小柳さんは愛する自然と共に生きながら登山を続けていくだろう。
~完~
<小柳さんのプロフィール>
1986年
藤枝東高校を経て早稲田大学スポーツ科学部に進学。早稲田大学山岳部所属。現在4年生。
座右の銘:「No Wall No Life(壁がなければ人生ではない)」
山でやってみたいこと:『「アルパマヨ(登山バッグ)」を背負ってアルパマヨ(ペルー・アンデス山脈)を登る』 『アルパマヨにある「フェラーリルート」でフェラーリのミニカーを走らせる』 『マッキンリー(アラスカ)で真っ赤なキリンの絵を描く』 『モンブランでモンブランケーキを食べる』
卒論テーマ:「Jリーグの介護予防事業」について
好きな本、よく読む雑誌:「青春を山に賭けて」植村直己著・毎日新聞社、「ROCK&SNOW」山と渓谷社
<編集後記>
小柳さんは時折写真を交えながら、山岳部の活動や実際に登った山の紹介をしてくれて、全く登山に興味のなかった自分も登山に興味が湧いてきました。
インタビュー中は笑いもたくさんあり、あっという間の2時間でした!
ちなみに早稲田大学山岳部では年中部員募集中だそうです!登山中のきれいな山の写真もたくさんありますよ♪
早稲田大学山岳部ホームページ:http://www.waseda.jp/9a-wac1920/
文責:WasedaSportsBridge 加賀一輝
【講演】世界のプロ車椅子バスケ 安直樹選手
こんにちは!
久しぶりにブログ登場の書記・丸山寿美枝です☆
本日は、7月11日(金)に行われた、
日本スポーツ学会・スポーツネットワークジャパン共催
『7月のスポーツを語り合う会』
について紹介したいと思います。
今回の講演者は、障害者スポーツのひとつ、車椅子バスケットを世界でプレーする
【安直樹選手】です。
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☆車椅子バスケット☆
みなさん、車椅子バスケットって聞いたこと、もしくは見たことありますか?
簡単に説明すると、まさしく名前の通り車椅子に乗ってバスケットをするスポーツです。
驚きなのが、コートやゴールのサイズが一般のサイズと同規格であるということ!
私は五体満足の健常者ですが、バスケは滅法不得意です。
講演開始後すぐに試合風景のビデオを見たのですが、障害を持った方々がプレーする姿はとても刺激的でした。
ハンディキャップをもろともしないプレーは鳥肌ものです。
車椅子バスケは、見るものをとりこにする迫力があるのです。
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☆アスリート、安直樹選手☆
安選手の詳しいプロフィールは、以下のHPからご覧ください。
(茨城出身ということで、個人的に愛着が湧きます。。♪)
安直樹選手オフィシャルホームページ
今回の講演では、安選手ご自身の過去・現在・未来についてお話をしていただきました。
書きたいことは山ほどあるのですが、ひとつテーマを絞らせていただきます。
『たまたま・・・』が表す意味。
安選手のお話で終始気になったのが、この【たまたま】というワードです。
たまたま、車椅子バスケに出会い
たまたま、全国で戦える選手となり
たまたま、パラリンピックに出場し
たまたま、プロになれた
このワードには、きちんと裏づけがあるのではないかと思うのです。
安選手のお話を伺う限り、見た目がアグレッシブである以上に、内面もとてつもなく炎に満ちた人であると想像します。
車椅子バスケを始めたのも、プロになるために海外に飛んだのも、全ては安選手が持つ、
向上心、行動力、そしてチャレンジ精神から来ているのではないでしょうか。
歩行困難になって以来、子どもの頃は車椅子に乗っている自分が恥ずかしいと思っていたそうです。
それが、この車椅子バスケに出会うことで心境が変化し、自分に自信を持てるようになった。
安選手は、車椅子バスケというスポーツに育てられているのですね(きっと)。
ここで問われるのが、スポーツの教育的可能性。
安選手のように、後天的に障害を持ってからスポーツに励み、生きる糧を見出した選手は少なくないと思います。
スポーツはポジティブな影響のみを与えるわけではないのですが、障害者の方にとっては、スポーツは生きがいを感じるのにとても有効であるのかもしれません。
安選手のように世界で戦える選手になれる人は少ないですが、自己実現を果たすことが出来るのがこの障害者スポーツなのだと思います。
また、彼らがスポーツをするのは、健常者と障害者のギャップを埋めるためでもあるようです。
現在では、いくつかの大学で健常者が車椅子バスケをプレーするサークルもあるそうです。
互いに理解しあおうという意識が大事ですね。
過去にこのブログ内で、ローリングバレーボールというバリアフリースポーツについて紹介したことがあります。
これも、全ての人が一緒にプレーでき、様々な人間を認めようとするスポーツのひとつです。
スポーツをする権利は、全ての人にあるのです。
それは、オリンピック憲章の中でも謡われています。
今後ますます、障害者スポーツが世間に認められていくことを私は祈っています。
認められることで、スポーツの環境は変わってきます。
皆さんも是非、障害者スポーツを何でもいいので見てみてください。
きっと何か感じると思います。
感じることが大事なんです。
さあ。
安選手は、これからも果敢に世界に挑んでいくようですよ!
このブログを読んで初めて車椅子バスケを知った方、是非一度、ビデオでもなんでもいいので、試合のシーンを見てみてください!
一人一人の行動が世の中を変えていきます!
今回のブログが障害者と健常者の相互理解の架け橋になったらうれしいです(´∀`)
以上
Waseda Sorts Bridge 丸山寿美枝
※久しぶりの日記だったので、論点がずれたり、言いたいことがうまく表現できていない部分が多々あります・・・。
申し訳ありません><
