「急性リンパ性白血病」「ウイルムス腫瘍」など、一昔前までは患者の1割程度しか治癒しなかった小児がん。化学療法の進歩などにより、この30-40年で治療成績が飛躍的に上昇し、平均すると7-8割の患者に治癒が見込めるようになったという。ところがその一方で、命を救うために成長著しい小児期に、複数の抗がん剤投与や放射線照射を行ったことが原因と考えられる「晩期合併症」と呼ばれる問題が今、注目されている。欧米などのデータを基に早くから晩期合併症への体制整備の必要性を指摘してきた聖路加国際病院小児科医長の石田也寸志氏に、国内での実態や課題などを聞いた。(前原幸恵)
■「晩期合併症」とは
―「晩期合併症」とは具体的にはどういうことが起こるのですか。
例えば幼いころ、神経芽腫の治療でおなかに放射線を受けていたことを知らされないまま大人になった人が、40歳で大腸がんになり、放射線治療をするとなったとき、自分の過去の治療について知らないので、医師に何も伝えることができません。その結果、同じ場所に放射線治療を受けたら、組織壊死など思わぬ出来事が起こる可能性があります。
また、小児期のがん治療で抗がん剤のアドリアマイシンを300mg/m2投与された人が成人して乳がんを発症し、同じアドリアマイシンを使って治療するとします。そのとき治療する医師が患者の過去の治療内容を知らなければ、アドリアマイシン300mg/m2をさらに投与し、その結果、患者が心不全を起こすことも起き得るでしょう。
小児がん自体、またはその治療などが影響して起こるこうした事象を「Late Effects」(晩期合併症)とわたしたちは呼んでいます。小児がんの罹患者は現在、推計で年間2500人と、大人のがんに比べて患者数が圧倒的に少ないため、その結果起こる晩期合併症は一般的にあまり知られていないと思いますが、治癒率がここまで上がり、小児がんを経験した長期生存者が今後ますます増えてくる今の時代、わたしたちは晩期合併症について多くの方が知り、対応の必要性を理解してほしいと思っています。
―ほかにも確認されている症状は何かありますか。
海外のデータや国内の調査結果によると、心機能障害、肺線維症、悪性度の高い二次がんなど、生命に大きくかかわるものや、不妊症、知能障害、慢性疼痛など、直接生命には影響しないものの日常生活のQOLに強く影響するものが挙がっています。さらに心理的・精神的な影響も含めると症状は幅広く、また症状の重さに差もあります。それらをすべて含めると、小児がん経験者の半数近くに何らかの問題が残っている可能性があると考えられています。
―症状が多岐にわたるということは、原因もまたさまざまということでしょうか。
その通りです。説明したように、過去に受けた治療について正確な情報を持っていないために新たな疾患を発症し、治療を受けた際に問題を起こす場合もあれば、小児期に最善の治療として行ったものが原因で10年後、20年後、患者に晩期合併症が起こることもあります。
小児がんの中で3分の1を占める急性リンパ性白血病の場合で説明しましょう。
昔は治癒率がほぼゼロでしたが、抗がん剤を複数組み合わせることで寛解の状態を維持できるようになった疾患ですが、1960年代から70年代にかけて、そうした治療をした半数近くの人が脳や脊髄(中枢神経)に再発し、亡くなっていることが分かったのです。
このような中枢神経浸潤を回避するため、米国の病院で頭に放射線を当てる治療法が開発され、飛躍的に治療成績が向上し、それが世界の主流となりました。
ところが80-90年代に今度は、頭に放射線を当てて治った人の中に、知能障害や低身長などの問題が起きていることが分かってきました。こうした晩期合併症を解決するために、90年代から2000年代にかけて、頭に当てる放射線の量を減らす治療法の研究が行われ、同時に抗がん剤投与の工夫も進められた結果、現在では中枢神経に浸潤がない限り、急性リンパ性白血病に対しては、頭に放射線を当てず、抗がん剤を組み合わせた化学療法で治すという流れになっています。
このように、小児期の治療を原因とした晩期合併症が起こることが分かってきたため、海外ではいち早く、小児がん経験者の予後を長期にわたり追跡、研究する「長期フォローアップ」(以下、長期FU)システムの整備が進められてきました。それが現在のよりよい治療法の開発や、晩期合併症の減少や予防に役立てられています。
日本は欧米に比べて長期FUへの取り組みが遅れているため、早急に整備に取り組むよう、われわれ小児科医が動き始めたのです。
―昔から治療の研究という意味では、フォローアップするシステムがあったと思いますが、国内で整備が必要視される「長期FU」と治療研究との違いは何ですか。
今までは治療成績というのは、5年生存率やせいぜい7-10年の予後を見て判断していました。つまり臨床研究としてはそこで途切れてしまっていたのです。ところが小児がんは、大人のがんと比較しても治癒後の生存期間が圧倒的に長いため、20年、30年後、さらにそれ以上時間がたった時にどんなことが起きるのかを、ずっと研究フォローしていかなくてはいけません。
また、研究フォローする対象も100人、200人といった限定的なものではなく、全国的な整備を行って数千人規模にする必要があります。そうしないと、まれにしか起きないが患者に非常に悪影響を与える問題を発見したり、その問題に特定の治療が関係しているかどうかを疫学的手法を用いて確かめたりすることができないからです。
今後、長期FUによって十分な医療情報が日本で蓄積されれば、最終的に、ほとんど後遺症の残らない治療で、かつ成績もいい治療開発ができる可能性が広がります。今は生存率がいい治療が残っていますが、治療成績の向上は当然ながら、短期的には多少副作用が多くても長期的な問題が起こらない治療が将来開発できたらいいとわたしは考えています。
■晩期合併症の解決なくして「完全な治癒にはつながらない」
昔は1-2割しか治らないものを半分、半分しか治らないものを8割治せるようにしたいというのが、小児がんの治療をやっている医師の一番の課題でした。一人でも治る人を増やしたいという一心だったので、大人に比べたらはるかに強い治療を小児の患者に行ったら何が起きるかという結果にまで目を向ける余裕はなかったのです。
でも今、小児科医の中では、この問題を解決しなければ本当の意味での「完全な治癒」にはつながらないと考えています。
この問題を真正面から取り上げ、晩期合併症の症状を少なく軽くする、または予防する方法を見つけ出すのが、小児がん経験者とこれからの患者に対するわれわれの務めだと認識しています。
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