西城秀樹さん亡くなる | エンスト新のブログ

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歌手の西城秀樹さんが16日にお亡くなりになりました。
享年63歳

1972年(昭和47)、「恋する季節」でデビュー。
デビュー間もなくころ、小学館が発行していた学年誌(小学1年生から小学6年生)ほぼ全誌に
西城秀樹物語という生い立ちからデビューが絵物語形式で掲載。

*絵物語の作家は学年で異なるだけでなく、高学年には生い立ちからデビュー前までのセリフには本名でとなっていましたが低学年向けには本名ではわかりづらいとそれぞれの編集部で判断し「ひでき」でセリフが統一されていました*

翌年、オリコン週間チャートで「情熱の嵐」がベストテン入りし一躍、トップアイドルの一角に入り野口五郎さん・郷ひろみさんと共に新御三家と呼ばれように。


自分が小6の時の林間学校(霧ヶ峰)の際に各クラス各班ごとにレクリエーションのひとつとして夕食後に舞台で寸劇を行いました。
自分のいた班では自分は劇の冒頭で西城秀樹さんが当時歌っていた「激しい恋」を振り付きで歌いました。
*振り付きで歌う歌手の第1号は西城秀樹さん*


西城秀樹さんは歌手活動以外にも映画・ドラマにも出演を。
映画「愛と誠」(1974年)では原作者の梶原一騎先生に直談判しに行き、当初はアイドルはちょっとイメージとそぐわないと思っていた梶原一騎先生だったそうですが話を聞くうちにその心意気に打たれ主役に。


作曲家である小林亜星さん主演のドラマ、「寺内貫太郎一家」では長男役を演じていました。
小林さん演じる父親と親子ゲンカが毎回のようにあり、ある回で勢いあまって小林さんが庭に投げ飛ばした際に西城さんは左腕を骨折し入院。 
退院後、ギブス姿で撮影に臨んでいました。
歌手活動だけでなく役者としても全力投球していたというのがうかがえますね。

「寺内貫太郎一家」
東京・谷中(やなか)で石材店を営む一家の日常をコメディー色を織り込みながら描いた作品。
1974年(昭和49)1月から10月放送、39回
「寺内貫太郎一家2」
1975年(昭和50)4月から11月放送、30回
TBS
1999年(平成11)4月から翌年4月にかけて放送したアニメ、「∀(ターンエー)ガンダム」のオープニングの作曲を担当した小林さんは同時期に「寺内貫太郎一家」の舞台に主演していて舞台でも息子役の西城さんに話を持っていきオープニングを歌ってもらう事に。

2003年(平成15)、公演先の韓国で脳梗塞を発症。
軽度の言語障害は残りましたが闘病の末、復活をしました。
2011年(平成23)、脳梗塞を再発し2週間ほど入院。
右半身麻痺と微細な言語障害が残りましたが、リハビリに励みました。
先月25日、自宅で家族団欒の席で倒れ入院しそのまま帰らぬ方に・・・。
倒れる10日ほど前にあおい輝彦さん達と行ったステージが最後の舞台になりました。

4年後には芸能活動50周年を迎える事だったのに残念ですね。


ご冥福をお祈りいたします。

画像はネットから借用しました。