AV女優ってきれいな人多いなーー
でも ある女優さんはあんまり情報が出てこない、、
このネット社会でなんでかねーーー。。
みたいな 下世話な話していたのに、、、
なんで、AI先生と話すとこんなとこに行くのか、、、、
わからん 。。。。。。。
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人同士の壁 についての対話まとめ
■1. 出発点:AV女優 Nはなぜ秘密を保てるのか
アダルト専属で10年近く活動し、SNSもほとんどやらないAV女優 N。
ネットで誰でも調べられる時代に、なぜ素性が表に出ないのか、という疑問から話が始まりました。
まず、秘密とされているのは本名や過去の経歴などで、誕生日や趣味は公開されています。それが保たれているのは、本人が発信しない(情報の漏れ口を作らない)、事務所が管理する、周りの人が黙っている、という三つが重なっているからでした。
フェルミ推定をしてみると、顔を見て分かる知人のうち、作品を見て気づいた人は十数人いてもおかしくありません。ただ、確信が持てない、書く動機がない、書けば法的なリスクがある、書いても広がらない、という関門を考えると、公に書かれる確率はごく小さくなります。つまり実態は、同窓会のLINEのような閉じた場では知られていても、検索で届く公の場には書かれていない、という二重構造だろう、という結論になりました。
■2. 壁ではなく 膜という考え方
この二重構造を説明するために「膜」という言葉を使いました。
壁は物理的に遮断しますが、膜は選んで通します。
村は嫁入りや商売は通しても、内輪の噂は外に出しません。会社の内部事情も、伝統芸能の楽屋の話も同じです。
膜には三つの性質があります。
一つは、内側の人が「言わない」という振る舞いを続けることで維持されていること。
二つ目は、膜の位置が「どこまでが内側か」を決めること。秘密を共有していることが、仲間である証にもなります。
三つ目が一番大事で、膜の強さは破られないことではなく、破った者に報いが返ってくることにあります。しめ縄が物理的には何も止めないのに、越えられないのと同じです。
ただし、膜には弱点もあります。失うもののない人には効きません。実際、暴露する人の多くは、すでに居場所を失った人です。
さらに今は、「他人の過去を暴くのは悪いことだ」という社会全体の膜が重なっています。知ってしまった人は、「あの人と知り合いだった」と明かせば自分にも汚名が及ぶ恐れと、「人の過去を暴いた人」という汚名を負う恐れの、両方から沈黙へ押されています。
■3. 膜を破った人はどうなるのか
膜の外で暴露した人の例として、ガーシーこと東谷義和を取り上げました。暴露配信で注目を集め、議員にまでなりましたが、除名、逮捕、有罪となりました。現在は飲食店を経営し、オンラインサロンには今も慕う人が集まっています。
暴露した人が苦しくなりやすいのは、関係で守られた世界から、取引で成り立つ世界へ出ていくことになるからです。秘密は一度しか売れず、外の居場所は暴露を続ける間だけのものになりがちです。そして信用は「話しても漏れなかった」という実績の積み重ねで作られるので、暴露した人は新しい場所で最初の小さな秘密を預けてもらえず、実績を作り直せません。
ただ、これは罪の重さの問題ではなく、「この人は自分を裏切らないか」という人間関係の核心に直接答えてしまう、という狭いけれど深い傷です。私怨の暴露は消費されて終わりますが、公益のための告発は、ジャニーズ問題のように後から評価が逆転することもあります。最後は、本人が誰も見ていないところで自分に納得できるかどうか、という話になりました。
■4. AVと性産業の構造
業界全体では、女優の取り分は出演料の3〜7割程度、半数以上は収入がほぼなく、平均的なキャリアは1年ほどとされます。Nさんのような専属女優でも、出演料だけなら年数百万円から1,000万円台と推定されました。
一方、三上悠亜はAVで得た知名度を、アパレルやSNS、海外での活動に変えて、桁違いの収入を得ています。膜を開けて自分を売る側に回った人と、膜を閉じて本業に限った人の差です。
リスクの面では、収入は活動中だけなのに、記録は一生残るという時間的なずれが一番の問題でした。20歳前後の判断が一生を縛るため、2022年の法律で契約から公開までの期間や解除の権利が定められました。
風俗との比較では、
AVは新しさを売る市場で、記録が残りリスクが貯まっていく仕事、
風俗は関係を売る商売で、リスクはその都度消えていく仕事と整理しました。
ただし風俗には、身体の安全や健康、労働量の面で重いリスクがあります。また今のAVには「有名になりたい」志願者が多い一方、風俗の動機は主にお金です。
AVは膜を開けて、見られることを売り、風俗は膜を閉じたまま稼ぐ。
だから集まる人の動機が逆になる、という見方です。
■5. 遊女とラベル
江戸の吉原の遊女の大半は、貧しい家から売られてきた女性でした。建前は年季奉公でも、実態は前借金で縛る身売りです。フェルミ推定では、在籍中に亡くなる人が2〜4割、身請けは数%から1割、年季明けは5〜7割でしたが、年季が明けても多くは自由になれませんでした。江戸では「親孝行の娘」という見方もありましたが、明治に入ると「醜業婦」として汚名が重くなります。
ここから、問題は記録の有無より、人の記憶に「元遊女」「元AV女優」という一つのラベルに縮められて残ることだ、という話になりました。
ラベルを貼るのは効率的に人を分類するための癖ですが、それが重く剥がれにくいのには理由があります。間違えたときに高くつくほうを避ける心の偏り、行いをその人の本質と結びつける傾向、そして「あちら側」を作ることで自分の側を確かめる、集団の境界を守る働きです。
さらに汚名は親しい人にも及び、心の中では気にしない人が多くても、「皆はそう思っているはず」と考えて表向き距離を取るので、汚名は社会全体として維持されます。
■6. 善悪はどこから来るのか
最後に、そもそもなぜそれが「悪い情報」なのか、という問いに戻りました。法律には、それ自体悪いとされる自然犯(殺人など)と、禁じられたから悪い法定犯の区別があります。
同意した大人同士の性の取引には直接の被害者がいないので、汚名は行為そのものより社会の規範の問題だと考えられます。遊女の場合、本当の悪は人身売買をした側にあったのに、汚名を負ったのは遊女のほうでした。
善悪は群れで生きる関係の中から生まれた、という見方を確かめました。群れで生きる限り必ず生まれるルール(仲間を殺さない、だまさない)と、その社会がたまたま選んだルール(性の禁忌など)があります。そして人間は、自分のいる箱の外にさらに箱があることを見つけ、作ってきました。内と外の箱の善がぶつかるところに、告発者の苦しみや汚名の理不尽さがあります。
遊女が高い地位にいた時代もありました。古代ギリシャのヘタイラ、中世日本の遊女や白拍子など、教養と芸能を備え、家の外にいた女性たちです。家の外にいることは、ある時代には自由と教養の源になり、別の時代には汚名の理由になりました。その背景には、女性の性的な力への男性社会の恐れ(遊女を「傾城」と呼んだように)と、管理の外にある性を低く位置づけようとする力があった、という話で締めくくりました。
■全体を貫くもの
人を守るのも、人を傷つけるのも、関係で作られた境界、つまり壁ではなく 膜でした。
膜は内側を守る一方で、外に置かれた人にラベルを貼ります。
そして、どこに内と外の線を引くかは、時代とともに変わってきました。
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とさ。
はい わかりましたー(;´Д`)