って映画を観たんですけどね。評判が良くて良識派って中高年の人々が盛んに観てるって
岩波ホールって堅い映画館でもロング上映って事でね。。まっ期待するわけですよこっちも。
で観たんですが、自分のようなもんには正直良さが分らない。そっ全く、いやホトンドって感じだった。
戦争時指導的立場だったっていう戦犯が 自分は命じられてやっただけって話、ユダヤ人の中にナチに協力的だった話が世間でセンセーショナルを巻き起こすって、、東京裁判でA級戦犯が揃って命じられてやっただけって言ってた事や、戦後こぞって我々は被害者って叫んでいた市井の人々の多くが、隣組でお互いを積極的に監視し、鬼畜米英と挙って竹やりを持っていた事実に馴染んでいる日本人にとっては、なんでそんな事当たり前ジャンて感じを持つのだった。絶対的な善である神と対極の悪を規定している西洋人ってのは、その中間で環境によってどうにでも変容してしまう人の存在を否定しているというか、考えていないっていうか(逆に絶対的な悪も善も無いんじゃない? 善悪はコインの裏表って感じを否定してるっいうか)。そんな単純な人間観で逆に良かったんだろうかーーとなぞと映画自身とは関係ない浅薄な感想を持つのだった。

「思考しないのは人間を捨てているっ」てハンナアーレントは言っていた。
けど、確かに思考し続けることを志向するのが正しいのかも知れないけれど、そんな人の思いなんか平然となぎ倒していく状況もある、その時人は現実の前であまりに無力でそれに従うしか無い事もあるって事を、人の思考が世界を作ってんじゃなくて、既にある世界の中に人が組み込まれているって感じと謙虚さをもっと感じた方がいいのかなーーと思った映画だった。
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悲劇を二度と繰り返さない為に、激情感情に流され悪のレッテルを貼って病巣を抹殺して終わりにするではなくて、それを生み出す仕組みシステムをあからさまにして同じ事がおきないようにするって根治療法を目指したハンナアーレントかと思い(一方圧倒的な現実の前になす術もなく命を奪われた犠牲者への思いが足りない←だからエゴイストって言われてた)その思想に俄然興味は湧いたのだったが、それを表現する映画としてはちょっとあまりに良くある映画手法って感じで、映画としてはどうなのかなコレっ?と思った二時間だった。。
ハイデッガーかーー 読んでみようかな今度。
(写真は バスの車両形式で ハイデッカーと呼ばれてます 笑)