もう昔 商社営業として飛ぶ鳥を落とす勢いで成績を上げていた時期があった。
大手メーカに大量納入している営業から比べると売上は何番目かだったが、粗利だけを取ればブッチギリで一番。

ただのモノ売りはイヤなので、完全な提案営業(今で言うコンサル営業?)。
開発の前段階からメーカの開発チームに呼ばれて、採用商品の提案や改善案等を提示。
価格見積もりをしながら、開発期間、ターゲットコストを一緒に考えた。

お客の開発商品の中での採用数&採用総価格も夥しく多くなっていて、当時の担当上司は信じられない。といつも驚いていた。

担当企業が開発では難しいと言う部分が有れば、その部分の専門開発メーカを探してきてサンプル開発と図面引き渡しまで行い、開発期間の短縮と基本的ノウハウ構築が出来るように。
また生産が出来ないという担当企業にはファブの紹介し実際上手く製造が動くまで面倒見たり。
挙句に何を開発していいのか判らない(笑)というメーカには企画の売り込みまで行って試作を一緒にやったりしていた。

そのうち、それが上の目に付くところとなり、当時の花形部署と花形企業の責任者をヤレという話になった。
最初のうちは断っていた。本当にイヤだった。このままがいい。

もちろん早晩そうは問屋が卸さない事になってきた。イヤイヤながら着任。

そこは課内8人ぐらいで年間三桁億ぐらい売り上げていて相手先も超大手の課。
課員の鼻息も荒く、俺がこの会社支えてんだって自負がある奴らばっかり。。
そこの責任者という事だから相当抜擢らしいのだが、正直自分には閑職に廻されたもの同然だった。

だってそこの営業は担当企業の大量の需要に供給を合わせるだけのデリバリーボーイ営業にしか見えず。
実際入ってみて「やっぱりそうだ」と判ってしまったからー笑。

提案もクソもあったもんじゃない。ただひたすら需要に供給を合わせる毎日、大量発注に鼻息荒い購買の顔色を伺うだけの毎日。。うーー駄目だ向かない。

それからの一年正にまことに辛い日々だった。一部昔取った杵柄で、今まで採算が取れないと敬遠していた特殊開発を請け負って黒字化したり、一緒に開発を行い共同開発品に自分と相手開発責任者の名前を(解らない様に)付けてリリースしたり(結構長く生産してたなーー)、ちょっと溜飲が下がる思い出もあったが、最後の最後転職することにした。

「仕事のご褒美は仕事」と言われた世代なので、こうなっちゃったのも仕方ないなーと思ったが、
優秀社員表彰されたNo1営業マンのM君が「サラリーマンは楽だぜっ」と酔った時に言ってた言葉。同時期、表彰はM君か自分がという中で、ワザワザ上司から「今回はM君で勘弁ね」と言われて彼を選んだ、つまり結局は会社の求める人材像に自分が付いていけなかったんだなーーーと今では考えている。

あれから随分経ったがみんなどうしているだろうか?
随分遠いところにきてしまったような気もするが、あの当時あの時確実に自分のやり方を模索していた修行時代だったなーーと懐かしく思い出したのだった。
(昨日、追い出し部屋って新聞記事を読んでいてなんとなく思い出したのだった。)
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