年末映画祭りを一人 勝手に行った。
今回邦画大作物にチャレンジしようと首記の三作を観る。
カラス~、のぼう~ ともにマンガチックで見るとこなし、カラスは主人公の阿部寛ショーとも言うべきもので、内容も軽く、映像見せてる癖に説明が多く全体の時間が長すぎる。
のぼうは、もうタイトルが出てくる所からまんまスタジオジブリ映画の実写版という趣で、主役の野村萬斉
がインナーマッスルが発達してんだろうなーーと思わせるクニクニした動きでマリオネットのようだ。
これじゃまるで狂言役者みてーじゃねーかっ!、てそうだったね。。
そんな中では北の~は日本映画の王道。
主演吉永小百合、王道。原作内容 直木賞受賞作品の映画化 王道。
東映60周年記念映画、建てつけ 王道。
撮影木村大作 王道。 監督 まあ王道(笑)。
どこを切っても王道の2文字が出てくる金太郎あめのような映画だ。
つまりはこれは日本映画のリファレンスレベルとなりうる映画かも知れないと考えてみていたのだった。
まっ自分のような道の端を歩いているような輩は、この手の映画はまず見ないし、無意識に避ける傾向がある。 王道といえば聞こえがいいが、尖った石が揉まれて丸くなってしまった状態や、
失敗時、誰からも文句を言われない為の逃げ道がある事を王道と言ってるように見えるからだ。
今回そんな目で映画を見てみると、、、、
イヤー古い。で出しの部分、北国の厳しく貧しい村の景色を見た瞬間から古臭い。
映像もカメラワークも、演出も、人物描写も、内容も、何もかも古かった。
過去と現在の主人公吉永小百合があまりに年齢差が無さ過ぎるメークで混乱するところも実に伝統的な日本映画の手法(?)だ。
王道をマンネリと思っているんじゃないだろうか?
この作品を作るにあたって 記念事業という事できっと相当東映内部では会議が開かれた事と思う。その合議の果てに出来てきたのが、トヨタカローラ的 中庸を重んじ過ぎたこの映画なのだろう。
そういった点も、バックヤードでも日本的王道の作り方を踏襲したと言えるのではないだろうか笑。
いいがけん様式美から抜け出せないのかな日本映画は、、、これがリファレンスってまっある意味そうだろうなと思いつつ、またその一方で悲しくなるのだった。