亡父は、第二次大戦末期、大学途中でレイテ近くの南方に引っ張られ、隊が全員玉砕してしまった中で一人瀕死の状態で生き残り、終戦時は米軍捕虜として終戦を迎えた人だった。
たまたま父の遺品を整理していて、
その捕虜当時、収容所で父が米軍から与えられていたコッヘルとスプーンが出てきた。
もう70年も前の品の筈だか、精製含め質のいいアルミ板をプレスして作ったコッヘルとスプーンにはサビ等の曇り一つ無い綺麗な状態だった。肉厚のアルミ板でしかもプレスラインもきちんと出ていて、縁も綺麗に角が落としてある。いまアウトドア用品売り場で売っていても全く遜色ないか、もしかするとビンテージラインって事で逆に高級品扱いされるかも知れない。
(ビンテージってのは、今材質の主力はアルミより軽いチタンなので、、)

こんな末端の製品ひとつ見ても日本との国力の違いは明らかで、なんで戦争なんかしたんかなーーー
と素朴に疑問に思っていたが当時の文官や軍上層部でもかなりの人々は
日本は長期の戦局には耐えられないと考え、真珠湾で米国を叩いてひと泡食わしといて戦争終結に向かえば良いと思っていた節がある。
一方のアメリカは、日本のそんな懐事情が判っていた故に戦争には絶対突入しない。
と高をくくって強気の交渉を崩さなかったという事らしく、
正に日本は窮鼠猫を噛むの例え通り、追い詰められて腹をくくってしまったって感じらしい。
じゃあなぜ最初で辞めないで原爆が落ちるまで戦争継続に走って行ってしまったのかーー?
これは実は単純に、国民の常勝戦勝国日本という意気軒昂感を無視できなかったって事なんだと思っている。
つまり国民の無知が戦争を起こす事を望み、戦争を回避する、早期終結させるって手を封印させてしまったとこもあんだろうなーーて事だ。
このスプーンみたいに、「こんなに国力の差がある国と戦争してたなんて」と述懐する市井の人々の戦争手記がいかに多い事か、それに対して海外視察を頻繁に行っていた当時の政治家達は、その国力の違いに愕然としている様子も今では良く伝わってくるのもその一例だ。
ただ国民の情報に対しての無知は、時の為政者の怠慢でもあるのだから、どっちが悪いとも言い切れないんだろうなーーー。なぞと相変わらず玉虫色の考えをぼんやり思いつくのだった。