最近どういうわけか、隠れ家系の飲食屋によく連れて行ってもらう。
昨日行ったところも、なかなか予約が取れない店だそうで、場所は六本木の裏通りで看板さえも出ていない鍋屋。

業界のジン御用達、お忍びの店だそうで、、ただ自分自身はこの手の店は正直あまり、、という感じだ。
大体衆目に見られてマズイ人たちって、芸能人じゃなきゃ犯罪者だろう。
その手の人たちが集う店ってのが、選民という優越意識を刺激しつつ
でも裏返せばクルワのオイラン言葉のようにお里が知れるのを極度に嫌う、
ハイセンスな地方出身者(イナカモン )の為の隠れ家って感じがして、どうもなって感じになってしまう。
料理は確かに美味しかったが、なぜこれを覆面で提供しなきゃいけないのだろう。
道端で氏素性が知れない人間がこんな鍋を出していたらきっと誰も手を出さないだろうに。
自らの氏素性を、お洒落やハイソをまとって自分さえもを誤魔化す人たちが、その延長にこの手の隠れ家を好んで使うイメージがあるのと、この手の店が、流行り廃りの中で泡沫のように消えていくような印象が、エバーグリーン的なものを求める自分と合わないんだろう。
それに価格が高いのも腹が立つ一因だろうなーー
目の前の職人が手ずから作って出すきちんとした料理、聞けばプロとして正しい知識と腕を持っている料理屋と、「隠れ家」ってキーワードだけで割高の価格をぶら下げ、たいした知識も無いバイト風情が闊歩しているこの手の店とが、支払い金額ではそう変わらないってのが大体気に入らない。
ご馳走していただいた方には大変感謝しており、またこれからも幾久しくと思っているのだが、
自分の斜め思考な感覚だと正直一方でそんな思いも持つのだった。