家の掃除をしていたら、JTBと近ツリの旗が出てきた、それにバッチも。
どちらもお客さん誘導の為のツアーの旗だ。以前なら、この旗とバッチで飛行機にも乗れるぐらいだったので取り扱いは重要にっ、と言われていた。
学生時代バイト感覚で始めた添乗員の仕事が、なんだか当時異常に忙しくなっていた。
あの当時二ヶ月の夏休みの期間中自宅に帰るのはほんの数日でしかも衣類を取りに帰るって程度。
あとは九州から岩手青森まで、三泊から四泊の日程で次から次へと添乗をこなし続けていた。当時JTBのちょっと格下がKNTという位置づけだったが、両方仕事をしてみると企画力や添乗員に力があるのはKNT、勢いがあるのもKNTという感じだった。
既に安いバス旅行やパック旅行は卒業して支店の企画もの(商店街のツアーとか、会社のツアー)の添乗をしていた自分は、JTBの企画の甘さが我慢できず、添乗で移動のバスに乗るとバスガイドと共同するか、勝手に仕切るかでマイクでお客さんに話し続けていた。 移動の最中のバスの中はかなり暇、ゆっくり風景を楽しむって感じでツアー組みがされていないので、そこを逆手にとって次に行く先のちよっとした前説や、健康情報、横の人との親睦を深めるゲームなどをやっていた。
こういう話の時照れは禁物。バカになりきって余計に考えずにやりきると、大体お客さんは喜んでくれた。 ツアー担当のデスクに毎回顧客からのアンケート用紙が集まるが、200人いた外注添乗員の中で自分のアンケート結果が最もよく、デスク自身が「なんか絶賛ですけど、本当ですか?」と怪しむほどだった。
そのうち、KNTの専門添乗員請負会社(株ツーリストサービス 通称TS)から社員にならないかという話もきたが、
人を笑わせるのは好きだが旅行会社には全く興味が無かったので答えもしなかった。
夏が終わると冬までは添乗はお休み、まっ土日ちょこちょこと仕事を受けはしたがそれはまあボチボチ
で待望の冬になると添乗するのはスキーバス。これは添乗なんていえるもんではなく、当時の法令上ツアーに管理者が同行するって建前上のもの。だからやってる人間も学生のバイトがほとんど、給料も安いが、なによりスキー場に行けば、ほとんど只でスキーがやり放題ということでよく利用していた。
志賀、八方、斑尾その他全国のスキー場に只でいけたのだから使わない手は無かった。
当時の給料を思い出すと、一般添乗が一日1万。スキーバス添乗が3千円って感じだろうか。
まっスキーを只でして尚且つお金もらえるんだから文句の言いようがない。
あの当時新人添乗員の教育を頼まれ育てた子がTSの正式添乗員になったが、今ではどうしているだろうか?
家の掃除をしていて出てきたJTBとKNTの旗、それと名前入りの社員バッチ
ちょっと考えたがゴミ袋で捨てた。
もう要らない。そう、昔の話だったな