高校時代の旅行は野宿が基本だ。 どうしようもない山の中なんかだと山小屋に泊まっていた。
が、当時の山小屋は雨露がしのげる以上のものではなく値段を取る割りに居心地が良かった記憶が無い。
ハイシーズン近いと、大部屋にマグロのように並べて寝かせられ「もうちょっと詰めてっ!」といわれて授業員に足で押されて場所を作られそこにまた一人寝る。その上からバサッバサッと分厚い毛布を被せられたような記憶があるのだが、、、あれ本当だったか?
記憶は殆ど飛んでいるが、玄関に脱いだ大量の登山靴を間違えないために、洗濯バサミ二つを紐で結び、それに名札をつけて靴を間違えないように管理していた記憶があるので、ある程度は間違っていないかもしれない。
というような小屋泊だったので、雨や寒さがOKならば外で寝る方が楽だった。
山以外ならば駅に野宿が基本。地方駅に行けば屋根付きの駅舎が基本で、駅員に一言声をかけておけばOKだった。テントは設営撤収が面倒でかさばりなおかつ楽で無い為、あまり使わなかった。
何せ節約節約の旅行ゆえ、途中金銭に詰まると食料がパン屋で手にはいるパンの耳という事も珍しくなかった。
店の外の新聞紙の上に広げて干してあるパンの耳を「すみませんこれ下さいっ」と言ったときに店の人が何気に「ああ鳥のエサ用?」と聞いてきて、こちらがぎこちなく頷いたのもなつかしい。
地方でも少々大きめの町に行くと、自分の所でパンを焼いている所があった。
そんな店には夕方しまる直前に行く。大体の店は本日分の売れ残りはその日のうちに捨ててしまうので、
それを安く買うか、もしくは貰ってきたのだ。
ただ地方都市でも、あまり裕福そうではない町ではそれは出来ない。
店ははっきり言わないが次の日以降も前日のパンを売っていたからだ。
またそもそもそのような町だとパンを自分で焼いている店もほぼ無かったかも知れない。
パンを持って駅に戻ると、そこには浮浪者がやってきていて、「ここは俺の場所だッ ドケっ」とたどたどしく怒鳴っていることもあった。当然折り合いは付かず、大体は「こちらが先なんだから!」と強引に場所を取っていた。
人の歩く目線より下に寝転んで道行く人を眺めながら、強者と弱者って何かなとか、人の優しさと残酷さ、裕福と幸福の違い、成功者と敗残者は紙一重。そんな事を考えていた記憶がある。
ダンボールや新聞紙が断熱に優れ防寒にもってこいという事を実感したのもこの時だ。
あの頃、夜寝る前に必ずポケット瓶のウィスキーとサラミで儀式のようにその日を終わりにしていた事を
今思い出した。
バカだったんだなーーーーあの頃から。