高校の卒業式をサボって四国を一周していた。一応お遍路ツアーと銘打っていたが、神社仏閣系統は全く行かなかったのでまあ名目だけって奴だ。
フェリーで東京から徳島まで、しこたま飲んで二日酔いで痛い頭のまま走り出す。
今回は先輩達と三人づれ。
が一人の先輩が腹痛を訴えた。症状はかなり酷く、寝込んだ先輩は憔悴し顔も真っ青。
走り出してすぐの事で、さてどうするか相談した。
救急車を呼ぶことも考えたが、もう一人の先輩の遠い知り合いが近くで病院の院長しているとのこと。暫く会っていないが、そこを頼るしかないだろうという結論に。
電話番号から解らないので、実家に電話し番号を確認、そこから相手先に電話をする。(そんな細い繋がりで大丈夫かな、、)
一時間後、その知り合いの方の車に先輩は乗り、自分達は住所を頼りにその人の家を訪ねる。といってもどんどん山の奥に入っていき道は細くなってくる。着いた先は相当大きなサナトリウムのようで、大きな病棟が何棟かある。その知り合いの方はそこを経営している方のようだった。
先輩の病状は結局たいしたことは無く、ただの腹痛。前日の痛飲と船のデッキで寝ていたのが良くなかったらしい。
その方のご家族とコタツに入りながら四方山話をしていたが、実は知り合いといいながら昔研修先で一度会っただけのような感じの繋がりと言う事が判明。 うわーーっいいのかなそんなんでこんなに好意に甘えて、、、
と思ったものの、医者同士の横の繋がりってのは仲間意識が強いらしく、とても手厚くしていただいた。
翌日には回復した先輩と 院長先生に御礼を言って、ようやく昼過ぎに出発。
餞別をくれようとする院長に断りを入れながら、何度もお礼をいいながらその場を後にした。
そこから約一週間程度、野宿と民宿に泊まりながら四国を一周した。佐多岬に出るまでずーと山岳コースを走っていたため、海を見ていなかった、どころか山と緑しかみていず町らしい町も見ていない。
なので愛媛の内子から先、佐多岬に向かう道の先に海が見えたときは単純に感動していた。
八幡浜から佐多岬突端まで出ているボートに乗り、自転車は船の後ろにくくり付けもらい突端まで行く。かんきつ類の畑だらけの突端の灯台で写真を撮ったが、今見ると全員が即身成仏のようなある種悟ったような表情で写っていたのが印象的だった。それから随分経つがその佐多岬に伊予原発が出来たのは、風景は恐ろしく綺麗だったが、あの当時でさえ倹しい感じの場所だっただけに仕方なかったのかもしれない。