最近MGが気になってしょうがない。
以前ならこんな「郷愁車」全く興味が無かったのだが、自分で触れて、整備して維持できる車。
馬力は非力な分自分のドラテクが試され、原始的な仕組みで自分にも原理が観て解る。
往年の車大国が作った車で車好きの琴線に触れる根源的な自動車としての愉しみを備えた車。
特に日本では英国車の人気が低くてどこよりも値段が安いと聞いた事もある(諸外国に持っていかれる例が多いと数年前に聞いたような、、、)
ヤフオクを覗くと、確かに売り物も少ないが、値段も安い。
うーんんん。どうしよう。
乗るならオープンが良いよなーーー。
だとするとMGBに必然的になってしまう訳だよね、、、あまりに類型的かなーー。
しかし、昔から諸先輩が似たような事を言っていて、「最後は英国車」みたいな話を聞くたびに、「へっ」と思っていた自分がそんな事になるとはなーー。
アルファとかじゃなくてイギリスのMGにストレートに興味がいっているがなぜだろね。
今の車があまりに便利になってしまい、機械をまとうというか自らが操るというかそんな御している感覚が薄くなってきたせいなんだろうなーと思っている。

ガソリンを爆発させ、水で冷やし油で潤滑して、けたたましい音を立ててエンジンが回る。
そんな分かりやすさは、自然環境、エコロジー、社会問題等といった諸問題を解決した上で存在しなければならない複雑な「現代の車」はもう望むのも無理な話なのだろう。
全然話が変わるが、フェアレディーSR311の ヘッドランプ周りの造形が、そのあとのZの造形に非常に似ていて、なんかデザイナーとか自動車関係者の、意匠やイズムをなんとか継承させていこうって当時の雰囲気を感じてちょっと感心したのだった。
往時の日本は後進国で、勘違いや誤った認識も多く、決してそれが後々正解と言う話でもないのだが、こんな所を見ると「意欲や情熱」ってのが往時の車にはあるよなーーと感じるのだった。