子供の頃、和歌山の廃校に住む小説家の先生の所に1か月程夏休みで泊っていた事がある。
和歌山は周参見という田舎のそれまた山の上の和深川にある廃校舎で名前は協和小学校。

グーグルでみても連なる山並みと僅かばかりの田畑しか見えない、当時も勿論そんな所で、上水は川から引くため子供が上流で暴れると水が汚れ、夜中はイノシシが校庭を走り回るので決して外に出るなと子供は言われるような所だった。
もちろん店の類は一軒も無く1時間くらい歩かないとふもとの方に行けないので、週に1~2度生鮮雑貨含め何でも売ってる軽トラの販売車が来ていた。魚は海に行けば取れるので毎日の食卓は海魚だったのだが、どうもこの辺の魚は南洋からの魚が多く、妙に色鮮やかな熱帯魚にしか見えないのが食卓に上ったりして、都会育ちの自分には物珍しさはあったものの最初中々馴染めないものだった。
ここの素晴らしい所は海のあるふもとに続く道と並行して流れる川が非常に綺麗な事で、川途中の滝つぼは子供たちの格好のプールとなっていた。水に潜ると鮎の群れがピカピカと光りながら泳ぎまわっていたりして、5メートルぐらいの小さな滝は子供たちの格好のダイビングスポット、常に村の子供の多くがここで1日遊んでいた。
もう随分昔の話で、場所がどこだったかすっかり忘れていたが、今日家の掃除をしていて当時小説家の先生とやり取りした手紙が出てきた、その住所を頼りにグーグルとネット検索をしてみたら、10年ほど前の廃校の写真をみつけ、学校の歴史がのるサイトも見つけたのだった。
写真の校舎は明治に建てられたそうだ。これがまだ残っている事にちょっと驚いたのと、写真を見ていて校舎の姿に当時の記憶がリンクして少々感激していた。
あの先生も生きていらっしゃればもう90近いのではないだろうか?(もうお亡くなりになられたかな?)
検索すると、15年くらい前まではまだ作品をだしていたようなので、今度国会図書館で探してみようと思ったりしている。
田舎に暮らしたい、でもちょっと躊躇するって原点はもしかしてここにあるのかも知れない。