なんか人と話していたら、日本人はおーきなフェーズで社会が変ると、以前までの物事を簡単に捨て去ってしまうのではないかという話になった

例えば第二次世界大戦、戦前と戦後。物事どころから精神性までころっと変えてしまったように見える。
が、
これはもっとその根底にある日本人の特性として、物にはヤオヨロズの神が宿り、人はその神の災厄を避ける意味でも年が変われば家を綺麗にし、物品を新しくして新年を迎えたという例が出てきて、そんな根底の無意識的、新品信仰があるからではという話になった。

確かに、例えば昔はヘッツイ(家の調理用カマド)は神が宿っていると信じられていて、家を引っ越すときにはわざわざ壊して出たそうだ。なぜか? カマドに長年宿った神がもっと上の神様に居住者の悪口を伝えると言われていて、それを防ぐ意味でカマドを壊して出て行ったらしい。これは神道の神は、人に福音を与えるだけではなく、祟りをおこす畏れの対象だった事も関係しているらしい。がいずれにせよ長く使っているとそのもの自身に神が宿るってのはよくあった考え方のようだ。
あと、素焼きの皿に顔を書いて、邪気をそこに封じ込め、わざと皿を割る事で追い払うなんて事もやってたらしいが、これは関係ないかな。


でも地方の素封家の蔵なんかからお家代々の家宝の什器とか良く出てくるじゃないですか?
あれって大切に子孫に伝えてきたって事でしょ。
そういうとその人は
いや、あれは海外のように、代々使われ続けて今に伝わっている訳ではない。
何かそれを使う行事があれば、豪族ならば必ずその時代の当主がまた新しく造らせて新品を使っていたんだ。なので、古い蔵を開けると、お金があった家ならばその代々の当主が造った同じような什器が年代順で出てくるよ。
との話。

なるほど、一度フレームワークが決まると偏執的にそれに拘る国民性と、このなんでも忘れてしまう国民性の整合性を今度考え見ようと思ったのだった。

もうひとつ、
日本がジャポネスクと影響を与えて発生したアールヌーボー、簡単に言えば自由曲線主体のデザインてのかな?まっ金持ち向けの商品が、後に欧州の中産階級の増加でここのニーズを満たすべく、大量生産かつ有る程度安価を可能にするために、幾何学的な(機械で造りやすい)アールデコの風潮が出てきて一大ムーブメントになる。
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日本はこの流れから15年ほど遅れてアールデコのデザインが入ってきたそうだが、この時はアールデコの表面的なデザインだけを消化したに過ぎず、その本質だった中産階級むけに大量機械生産をし易い為の、幾何学てきなデザインや造形っていう根本が失われ、そのデザインだけを精進して、職人さんがシコシコ一品造りしていた面もあるという話に、ああまたかーーと思ってしまったのだった。