考えること五分。
裏道だけを繋いで行くのは無理。必ずどこかで大通りを突っ切るなりしないといけないだろう。一箇所ならまだしも考えるだけで数箇所そんな場所がある。しかも裏道といっても大きな道も有りそこは渋滞している可能性が高い。。。。。。
無い頭ではこれ以上の考えも浮かばず良い知恵もないので、埠頭側に行く事に決定した。

路駐している所から、できるだけ裏道を通って晴海ふ頭にまず向かう。途中新大橋通りを突っ切ったが、案の定ここを横切るだけで10分以上かかる。両側で6車線というあの広い新大橋通りで車が交差点に入ったまま信号が何回変わっても全く進まないほど混んでいる。 「うわーひでーな」

晴海ふ頭近辺で、晴海通りに出ると、湾岸から都心方面に向かう車線はどこもびっしりと車がはびこり全く動いていない。
交差点には車と帰宅難民が集中し、渋谷の交差点かと思うぐらい、なんでもない交差点が混んでいて信号でもなかなか右折左折の車が動かない。
それでも埠頭に向かうこの車の車線はまっすぐ行く分にはガラガラだ。そのまま埠頭へと続く晴海大橋を通る。
橋の反対車線は、お台場埠頭から出ようとする車で完全停止の渋滞。歩道も橋を渡って都心に帰る人で大混雑
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大体この晴海大橋、長さ一キロ高さ100Mぐらいある高架橋で普段人が歩くようなとこじゃないのに、、、
これでトンネル行けなかったからこっちにもう帰ってこれないかも、一瞬不安がよぎる。
埠頭に入ってからも、都心に向かう側の車線は大渋滞。こちらの車線は明らかに皆が向かっているのとは逆の方向なのだろう。これで通行止めになってたらどうしようか?不安が大きくなる。
数時間前に、このトンネル近くテレコムセンターで爆発火事が起こり、それの影響で通行止になってるかも、、
いや、そこを回避する道もあったからそこを行けば、、短い時間だったがそんな思いが頭をよぎる。
しかし、こっちの道だけは空いている。周りは人気が無くなり、周囲は真っ暗になっていく。オレンジの光だけが道を照らすがその先は真っ暗な闇だ。
いいんだろうか? でも空いてるし。いやこれはこの先なんかあるのかも。
そんな疑心暗鬼のまま、一つ目の第二航路海底トンネルに入る。やっぱり空いている!。
ふーーっ。良かった。
ものの1~2分でトンネルを抜ける。また広がる闇。そうここら辺りは完全埋立地で人家はおろか資材置き場以外の建物も何にも無い。特に地震直後の今はおそらくこの広いエリアの人口密度は数十人/平方キロって感じではないだろうか。なので見渡す限り海の方まで真っ暗だ。
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大きな橋を渡って、直角に道が曲がりそして全長3.1キロの海底トンネル臨海トンネルへ、ここへ来て空いていたと思っていた道路が大型ダンプで混み始めていた。 海底トンネルは厚いコンクリート壁が冷え冷えとしている。
入り口はオレンジ色の大きな口をあけて車を飲み込んでいく。入るとすぐ下り坂、その途中で車がぴたっと止まる。渋滞だ。 
ゴーっというエンジン音と トンネルの空調音、そしてその反響音、そのオレンジ色に照らされた灰色のコンクリに囲まれた中で、車が全く動かなくなる。周りは大型トラックばっかり。
正直気味が悪い。

そのとき、今まで忘れていた事実にハッと気づく。
こんな海の下で余震が来たらどうなんのかな? 

うっなるほどっ!! 一般車が来ないのはだからなのかー!

東京湾の海の下、長い海底トンネル内で渋滞に巻き込まれて初めて、普通の人が事前に気づくであろう不安要因に思い当たったのであった。。。。。

考えたくないがこの上は東京湾、トンネルのとっつき出入り口は海抜ゼロメートルの埋立地。
チョットでも波が(津波)が立てば「コポコポコポっ」とトンネル内に海水が入るかも知れない。。。。。。

うーんんん。とそのプレッシャーが高まったきた直後、幸いゆっくりと車が断続的ながらも流れ始めた。
ホッとした。

結局、このトンネルを小一時間掛けて抜け、大田区の埠頭、城南島に着く、ここから先も大渋滞。環状七号線に合流する所で進まなくなっているのだろう。

銀座からここまで一時間半。殆どがトンネル内での渋滞だったが、ここからは更に時間が掛かりそうな雰囲気だ。
よーしもうここまで来たら一か八か。裏道を走る事にする。メイン通りを外れ、埠頭沿い裏道を走る。真っ暗な道だが空いているのがありがたい。といっても、埠頭から区内に入るためには、結局何処かの連絡橋を渡るしかない。
そこが混んでいたらもう諦めるしかないだろう。
でたどり着いた隣の橋は、おおっやった!空いてる。ってかガラガラで一台も車がいない。ラッキーーー。
その後住宅街を抜けていく裏道を駆使して結局目黒まで、正味2時間半掛かった事になる。
普段的に考えると恐ろしく時間が掛かったが、東京駅→品川を車で帰った奴が8時間掛かったって行っていたので、結果的にはカケには勝った(?)って事になりそうだ。帰る途中、皇居を中心に放射状に伸びる東京の幹線道路の下り全が大渋滞し、その横の歩道をいつまでも途切れない帰宅の人々の大集団がずーーっと歩いていく姿を車越しに見ていた。
身なりの良い戦争被災者のようなその光景は、今でもはっきり目に焼きついている。
 あれからまだ20日しか経っていないのに、随分経ったような気がする。