最近飲んだ時計好きの従兄弟は、結構ばくち打ち系。
仕事も土建関係ってのがあるのか、きった張ったで勢い良く話を進める奴だ。

そのせいもあるのか、お互い持っている時計の話になったときに、奴の話はバブリーな話になっていることが多い。
いわく、この時計は買った当初400万程度(タッカイナ!!)だったけど、今見せたら1200万って言われた。。。とか
ワインディングさせるための特製の棚を指物師にタマ木で作らせたんだ。とか

奴の時計は名前の知れたブランドのスポーツウォッチ系が多く。自分の好きな範疇とは違うのだが、こういう奴が株をやると大きく儲けるか、損するか、でもこのタイプがきっと投資系の話には強いだろうなーー。等と感心している。
(何でだが、この従兄弟は自分の事をずいぶん慕ってくれてるようだし、自分も良い奴なんだなー。と好ましく思っている。まっこのどうも堅気っぽくない風体がなんなんだがーー)
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 でまた最近、性懲りも無くVenus175のキャリバー付き古時計を買い込んだ。
売っていた人はアンティーク系の業者さんのようだが、時計は片手間な感じ。
価格もスタートは「一円スタート」のようについうっかり価格が高騰していくような値付けではないが、価値を考えると、この価格で買えたら安っいなーーというスタートだった。
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ただ、残念ながら一点 、VENUS175ベースのcal.429というその時計メーカの専用型番を、venus429なんて表記してあったので、あまり注目されていなかったようだ。
写真を何度も見ても、 
ケースと裏蓋の間に全くサビが無い。
ラグも全く研磨していないように見える(傷が付いてないから、磨く必要も無い。要は使ってない)。
機械の印象がとにかく手間がかかっている感じが満載。(この頃のブライトリングとか裏を開けると、機械の仕上げがホントにあっさりしていてちょっとがっかりする)で、
非常にきれいなので、どうしようなかーーー。
と迷っているうちに二回ぐらい寄り付き無しで再オークションしている。

飲んで帰った日に、そのままエイヤで入札したら他の入札者もなくそのまま落札してしまった。

来た時計を見て再び「これデッドストックじゃないの?」というぐらいやはり程度が良かった。
早速、いつもの修理屋に持っていった見てもらうと。

「あっこれ 大当たり。ぜんぜん使ってないね。 でも油切れてるからただのOHで十分だね。いくらだったの? えっ?そりゃ安い。」
と太鼓判を押され、ホクホクで帰ってきた。
OH後
今自分の腕の中で、日差二~三秒で動いている。 

この時計の製作時期は 昭和20年代。
スイス製のコルトベルト(Cortebert)1790年設立の最古の時計会社の一つ。この時計メーカがエボーシュから購入した175を自社ブランドCalとして出すために、結構あっちこっち磨いたり、ブリッジをオリジナルにしたりしてこのコルトベルト429キャリバーは出来ている。

とにかく完成している。今でも軽く現代の 雲上時計(貧相なネーミングだ)とか言われる時計より仕上げが良く、なおかつ正確。

機能と美しさが同居している時期の最も輝いていた頃のスイス時計は、今見ても素晴らしい。
糧を得るために先人のコピーから始め、売るために他より安く大量に作り、やがて同じ手口で、より労働力の安いハングリー精神旺盛な新興国の前に瓦解していってしまう。
日本だけでなく、幾度と無く先進国と発展途上国の間で繰り返されてきている、工業製品におけるこの現象を打開するのは、この「美しい綺麗」という、芸術・美術系のベクトルの導入と、購入者側のその認識だと、この時計のムーブメントを覗きながらまた思うのだった。

そういえば 
イメージ 21930年代開発の、ロールスロイスの航空機用マーリンエンジン。
このウッツクシイエンジンは、排気バルブに冷却用ナトリウムが封入してあったり、応力分散のために全てのコンロッドがビカビカに磨かれていたり、当時の最先端の行き着く先が、無駄の無い美しい外観にも繋っていたってのが面白い。
一個一個のボルト同士がワイヤーラップされている(細いワイヤーを緩み止めで捻って留めてある)細部の写真を見る度にそう思う。 
この時計もそうだし。
工業製品を研ぎ澄ましていくと機能美に通じていて、さらにそこには普遍の美に通じるものがある。っていうのは
なんか良い話だなーーと思うのだった。

その意味で、従兄弟の持っている最新スイス製の 馬鹿でかいフェースの、デザインのためのデザイン時計を見ていると、ちょっと違うんじゃないかなーー? 機能が形をあらわしてないよなーー。
と思いつつ。 現代は、機能を突き詰めていくと美になるんじゃなくて、機能と美を両方追求していかないといけない難しい時代になったのかなーーーと。酔っ払いながら今考えているのだった。