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銀座の 三原橋にシネパトスという、晴海通りを地下で横断する、短くて古い地下街(名称 三原橋地下街)にある映画館がある。
ここは日本で二番目に古い地下街との事で、続々と再開発されている銀座に対して、古い昭和の香りを色濃く残した場所で、場末なイメージがプンプンと匂う場所だ。
映画館以外だと一杯飲み屋やよく解らない小物商などが入っている。

場所は、銀座の晴海通りで、すぐ近くが和光や三越っていう完全な「日本の一等地」。
昭和の27年頃に 路上を不法占拠していた露天商対策として、当時進めていた川の埋め立てを利用し、三原橋の橋梁を上手く避けながら作った地下街。
ようはここに怪しい露天商を一同に集め管理をし易くしようっていうGHQ含めての算段だったようだ。

で、ここは当時の東京都知事(安井さんとかいう)が、東京都の持ち物であるこの場所を一存で、一民間企業の新東京観光株式会社に権利を安価に譲ってしまい、その新東京~が、家賃収入を店子から取るという完全な又貸し状態をして長らく問題になってる場所なのだった。
問題になってから既に60年近く経っているが、いまだこの問題は解決しているわけではないようだ。 
以下は 国会で問題になった昭和29年の衆議院会議録

でこの「新東京観光株式会社」ってのは何かというと、小宮山エイゾウさんという、今は無き平和相互銀行の持ち主で、そのダーティぶりから 「闇紳士の金庫番」とまで言われたきな臭い人物が、この三原橋の地下街を私物化するために立ち上げた会社のようだ。

今ネットで「新東京観光株式会社」を見ると所在の住所以外、殆ど情報が出てこないが、まだ会社は実在しているし、確かー民主党でエイゾウ氏の姪になる小宮山泰子議員も何か関わっていたと記憶している。

次々とリニューアルされる銀座の地にあって、ここだけば時間が止まってしまったようになっているのは、
今、土地の権利は東京都、上物の権利は新東京~の持ち物になっていて、この関係から、上物をへたに建替えると、新東京~の上物の権利喪失等、会社の存在そのものが無くなる可能性があるのと、 またまた私物化問題が再燃する恐れがあることから、建替えが進まないのかと邪推している。

あともう一つ。
この地下街の下、晴海通りに沿っては地下道があって、銀座から東銀座まで歩いていけるようになっている。
銀座線開通時からの古い地下道なので狭いながらも、路上を歩かなくて良いので雨の日は重宝している。
で、
実はこの地下道の下に、更にもう一つ、今では全く使われていない別の地下道が通っているのも一部では有名な話だ。

その問題の地下道は、造った当時から消防法に適合する事が出来ず、殆ど使われないまま放置されているもので、昭和七年の銀座線建設から今まで、何も変更が無ければまだ存在しているはずだ。
地下道の両側には店舗用のスペースが設けられ、地下商店街といった場所にしたかったようだ。

もちろん普段はこの場所は見ることも、存在を確認することも出来ない地下道なのだが、確か以前はこの三原橋地下街の付近から中を覗く事が出来たはずだ。 
20年以上前、この地下街のすぐそばには地下式の公衆トイレがあり(もしかしたら、地下街そのものにあったかも知れないし、今でもあるのかも知れないが、、よく判らない)、そこの検査サービス用の鍵付きのトビラから中が覗けたように記憶している。 
実際に自分が中を見たかもどうかも記憶が曖昧になっているがーー。
今度シネパトスに行く事があったら確かめて見ようと思っている。

ほんとにネットは便利だこんな記事と、ホームページをみつけた
>銀座・幻の地下街
荒俣宏「異都物語」で読みました。写真もあってなかなか不気味です。
消防法で「通り抜けできない地下街はダメ」ってことであぼーんされたとのことですが。
この「幻の地下街」は1965年に完成した。前年に地下鉄日比谷線が建設され、その際にできたスペースだという。日比谷線は晴海通りの地下三階を走っていて、このスペースはその上、地下二階ということになる。その後、テナントが募られ、区画整理が行われ、これから内装というところで、地下街は厳しい規制を受けることになった。1973年のことである。
「地下2階に地下街を設ける際は、直接、地上に出られるルートがなければならない」
直接というのは、地下一階に上がれるだけではダメで、その階段が地上まで続いていなければいけないということである。
だが、「幻の地下街」は、道路の中央にある。地上に顔を出したくても、どうしようもない。
こうしてこのスペースは「幻の地下街」となり、いまも長さ155メートルの袋小路が道路下に眠っている。
だそうです。