はるか昔、 カメラマンの助手をしていた事がある。
先日観た 「おとなり」の若手カメラマンがあまりに身奇麗なんで、「ありえねー」と思いながら、時代も違うしなーー。と 当時に思いを馳せてみた。
その頃 何歳か年上の、N大芸術学部写真課の卒業生連中と中が良かった。ここは結構有名どころの写真家がよく出ていて、まあカメラマンの一応名門って奴らしい。
自分が特に仲が良かったのが D先輩。この先輩は在学中になんかの賞をとったとかで、
周りの連中が、共同通信社とか、ナントカ先生とかに弟子入りしていく中で、 一人フリーとして、やっていた。
で、金が無いので自分のようなトーシロを助手として使っていた訳だが、、、
彼の古い白の軽バンに乗って、いくつもの現場を彼と一緒に回ったが、正直 先の展望は全く見えない状況だった。
映画のスチールもやっていて、結構賞をとった有名な作品とかをやっていたが、これも全く金にならない。大体映画の現場でさえ 金が回ってないんだから、そのスチール写真屋まで金がまわる訳ないのだ。
彼の四畳半の超ボロアパートに行くと、天井に縦横に張り巡らされた紐に、洗濯物と現像フィルムがこれでもかと吊るされている。足の踏み場も無い床には 現像液の酢酸がこぼれていて、いたるところから酸っぱい匂い(でも有機的ではなく無機的なな)がしているような、常に暗幕を張っているクラーイ部屋だった。
同時期 同期の他カメラマンの部屋に行った事もあるが、ここまでは酷くなく、まっ小奇麗にしていたが、それは彼がきちんと就職していたからだ。
よく行きつけのスナックに行っては、みんなで飲みながら写真の事を話していたような気がする。ほとんど忘れてしまったが
一つ覚えているのは、以下の事だ。
この業界は、結局○○先生の下で働いていたナニナニです。仕事よろしくお願いしますってのがほとんどだ。という話。
写真の良し悪しは、その写真に対して金を出す側からすると、悲しいかな、ほとんど違いは判ってない。
写真をみて、そのカメラマンが良い!なんて言うクライアントや 客なんて滅多にいないし、大体それって勝手に勘違いしてる場合がほとんど、つまり写真は相当主観的に人は判断している。という事だった。
そうなるとクライアントは当然、「評価が定まっている人」か「評価が定まっている人についていたお弟子さん」に仕事を発注したがる。
「Dは大変だよな。なまじ賞とったから、、、それで行けるって思ったかも知れないけど、そんな感じだからさ実際は、、、」
あれから随分時間が経つ。当時フィルム全盛で、
彼はメイン機 にキャノンF1、サブ機に6×6の八ッセルブラッド、その場で見るのにポラロイドのバックパックがついていて、それでその場で写真を確認していた。
彼に怒鳴られながらレフ板をあっち向けたりこっちむけたりしてたのが自分。
あれから随分時間がたったが彼は今どうしているか?
実は、今でも 写真屋としてがんばっているらしい。
つい最近彼のブログを偶然ネットで発見した。
いやーー頑張ってるんだなー。会わなくなってから随分経つが
みんな、ドッコイ生きてる んだなー。。。。
先日観た 「おとなり」の若手カメラマンがあまりに身奇麗なんで、「ありえねー」と思いながら、時代も違うしなーー。と 当時に思いを馳せてみた。
その頃 何歳か年上の、N大芸術学部写真課の卒業生連中と中が良かった。ここは結構有名どころの写真家がよく出ていて、まあカメラマンの一応名門って奴らしい。
自分が特に仲が良かったのが D先輩。この先輩は在学中になんかの賞をとったとかで、
周りの連中が、共同通信社とか、ナントカ先生とかに弟子入りしていく中で、 一人フリーとして、やっていた。
で、金が無いので自分のようなトーシロを助手として使っていた訳だが、、、
彼の古い白の軽バンに乗って、いくつもの現場を彼と一緒に回ったが、正直 先の展望は全く見えない状況だった。
映画のスチールもやっていて、結構賞をとった有名な作品とかをやっていたが、これも全く金にならない。大体映画の現場でさえ 金が回ってないんだから、そのスチール写真屋まで金がまわる訳ないのだ。
彼の四畳半の超ボロアパートに行くと、天井に縦横に張り巡らされた紐に、洗濯物と現像フィルムがこれでもかと吊るされている。足の踏み場も無い床には 現像液の酢酸がこぼれていて、いたるところから酸っぱい匂い(でも有機的ではなく無機的なな)がしているような、常に暗幕を張っているクラーイ部屋だった。
同時期 同期の他カメラマンの部屋に行った事もあるが、ここまでは酷くなく、まっ小奇麗にしていたが、それは彼がきちんと就職していたからだ。
よく行きつけのスナックに行っては、みんなで飲みながら写真の事を話していたような気がする。ほとんど忘れてしまったが
一つ覚えているのは、以下の事だ。
この業界は、結局○○先生の下で働いていたナニナニです。仕事よろしくお願いしますってのがほとんどだ。という話。
写真の良し悪しは、その写真に対して金を出す側からすると、悲しいかな、ほとんど違いは判ってない。
写真をみて、そのカメラマンが良い!なんて言うクライアントや 客なんて滅多にいないし、大体それって勝手に勘違いしてる場合がほとんど、つまり写真は相当主観的に人は判断している。という事だった。
そうなるとクライアントは当然、「評価が定まっている人」か「評価が定まっている人についていたお弟子さん」に仕事を発注したがる。
「Dは大変だよな。なまじ賞とったから、、、それで行けるって思ったかも知れないけど、そんな感じだからさ実際は、、、」
あれから随分時間が経つ。当時フィルム全盛で、
彼はメイン機 にキャノンF1、サブ機に6×6の八ッセルブラッド、その場で見るのにポラロイドのバックパックがついていて、それでその場で写真を確認していた。
彼に怒鳴られながらレフ板をあっち向けたりこっちむけたりしてたのが自分。
あれから随分時間がたったが彼は今どうしているか?
実は、今でも 写真屋としてがんばっているらしい。
つい最近彼のブログを偶然ネットで発見した。
いやーー頑張ってるんだなー。会わなくなってから随分経つが
みんな、ドッコイ生きてる んだなー。。。。