文法訳読式の指導法を乗り越えるための一つの考え方(3)その 7 | writfren-edのブログ

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4] Production/Produce 段階

前回まで、PPP の方法論の中で最も長い時間を配分し、最もボリューム大きい P2 の Practice 段階について、基本的な事柄と教える中身、即ち四つの performance skills と四つの com-ponent skills に関わる問題について取り上げました。Performance skills を中心にせよ、component skills を中心に扱うにせよ、この P2 段階に於ける指導の成功の上に、次の P3 段階の作業が行われるということになります。そして、この段階は、eclecticism の中心に位置する教授法 G-T, Audio-Lingal method, Communicative Teaching との関りでは、以下のようになることは分ると思います。

 

   Approach/

Method

 

Structure of Lesson

 

G-T

 

 

Audio-lingual method

 

Communicative teaching

(weak version)

 P3

 Trying  to  

    approach real

    language use or

    real communi-                      cation

 

 

 

 Freer practice:

 

 ― un-controlled

role-play

 ― simulation

 ― problem-solving

 

 

このように、G-T と Audio-Lingal method は、この P3 の部分が空欄になっていますが、その事情は異なっています。

 

G-T 手法は、初めからその言語理論や教育理論の中に ‘real language use’ のような発想を持ち合わせていません。しかし、Audio-Lingal method はそうした理論に基づいて開発されたものの不十分であったということで、既に別の所でも述べたように、次の Cognitive Code Method で文法を教えるという方向に舵を切って、1980 年代半ばには Communicative Language Teaching (CLT) という言葉と共に、‘real language use’ の次の段階の発展に呑み込まれて行ったということが云えると思います。従って、Audio-Lingal method の練習方法は skill-getting practice という形で CLT のような考え方の中に引き継がれていると云えます。イギリスではこの時期に Communicative Approach (CA) という名の方法論が提案されており、communi-cative という言葉は buzzword になって、使う人により微妙に意味の違う言葉として現在に至っていると云えます。

 そこで、このブログの議論の流れの中で、何度も触れて来た PPP と communicative teach-ing の関りについて、もう一度確認した上で、P3 という授業の学習ブロックに関する検討を続けることにしたいと思います。

 

Communicative Teaching weak/strong version (本来の PPP の出発点)

PPP method が Communicative Teaching weak version と深く関わっていることには既に何度も触れていますが、実際にはこれも weak version と strong version の折衷主義 (eclec-ticism) の現れということで、以下の図にその基本的な考え方が現れています。

  

指導内容と方法論

 

指導のタイプ

CONTENT

(教える内容)

METHOPDOLOGY

(教える為の方法論)

1⃣  Teaching

 communication

 

(product oriented)

 

         Weak Version

 

 

 Syllabus based on

communicative

 competence

 

 + 典型的なものは、                 notional/functional

   syllabus;教える前に

       内容を確定

Accuracy oriented

 

  +記述可能な言語の項目

   の確定;productのチ

     ェック可能

 

  +学習者はその項目を正

     確に練習することを求

     められる >  accuracy

                          practice

 

2⃣  Learning through

communication

 

(process oriented)

 

        Strong Version

 

 

  Task/process syllabus

 

    + 教えるべき言葉を指

        定せず、言葉を使う

        為に設計された task

        を配列;product は

        言語に関係ないもの

       (e.g. 折り紙)

 

 

Fluency oriented

 

  +natural/holistic/

     authentic language

     use >

     

      fluency practice

 

 

 

Weak version は言葉を教えることを通じて、伝達能力を開発しようというもので、典型的には notational/functional syllabus のような言語シラバスを書き、それを ‘正確に覚え、使えるようにするための accuracy practice’ を使って教えるというものです。 Accuracy practice には、ここまでに議論してきた audio-lingualism 以来の drill, pattern practice, meaningful practice 等が含まれます。Information-gap practice は、中間的なもので、言語と情報の全てを教師が操作している closed information-gap practice はより drill に近く、情報の一部を学習者が決める open information-gap practice はより fluency practice に近いものと云えるでしょう。また、Information-gap practice では、途中で教師が error correction の目的で介入することは、ほぼ出来なくなりますので、この意味でも fluency practice に近いと云えます。

 

Strong version では、新しく言葉を教えることは無く、既習の言葉の全てを使って、与えられた仕事 (task) を完成させる作業を通じて、実際に伝達の目的で言葉を使う skill-using の学習活動を行うことになります。この skill-using の学習活動を創り出す練習が fluency practice ということになります。

 

子どもの自然な第二言語学習以外では、‘教えなければ言葉が使えるようにならないし、実際の伝達に使わなければ更に運用能力を高めることは出来ないことが分かっている’ が故に、上記のような二種類の練習方法が採られるということになります。

 

PPP は上記の二重下線の syllabus の部分 (weak version の content領域) と strong version の methodology 領域の fluency practice (二重下線) を、結果的には便宜的に組み合わせたもので、P3 の段階がいわゆる freer practice と呼ばれているもので、その実態は fluency practice 或いは mini-task (本来の task とは比較にならない程規模が小さく限定されている) と呼べるようなものと云えます。そして、この方法が主に Royal Society of Arts (RSA) のcertificate course in TESOL を通じて普及したことから RSA Way とい別名を持つことにも以前に触れていると思います。

 

このような P3 ですが、P1, P2 との組み合わせにより、 freer practice と言っても学習者は ‘前半で習った範囲の言語’ を使うように制限された場面設定の下で、既に身に付いている言語の幾ばくかを追加して使う程度の自由度を与えられ、非常に現実の伝達状態に近い言語使用を作り出すことを求められる宿命を持っています。P2 に充分な時間を掛ける為、P3 は必然的に 10分から長くても 15分程度の短時間の枠しか得られないという物理的制約は、そうした言語使用を創り出すための儘足かせにも成り得ます。結果的に、この性質の異なる学習方法の P2 への ‘接ぎ木’ は、 less-controlled practice の変形程度のものではないのかという受け止めにもつながって行くことになります。これが後にもっと自由でボリュームの大きな言語使用を可能にする形で独立した時間を取って、strong version の言語活動を行う task-based の方法論 (TBL) につながることになることは、既に他の所で述べてあります。

 

そして、新しいものが登場する場合、その過程で ‘目先にある確立したものを批判する形でしか出て来れない’ という現実に違わず、1990年代に TBL と Lexical Approach が陽の目を見る過程で、この PPP は ‘正確さ重視で伝達能力に繋がらない;第二言語習得理論に反する;習った言葉を使うのはその場だけで、習得に繋がるかは不明’ のような理由で批判されることになります。

 

改訂型 PPP

上記のような PPP ですが、これを批判する TBL や Lexical Approach は中級程度の既に言葉がある程度使えるようになった学習者にしか使えないという弱点があり、現在でも初級レベルの授業では頻繁に使われる方便としての method だということを再確認しておく必要もあります。

 

このような中で、日本では、この PPP に関して、再評価という方が良いような改訂型 PPP 論が提唱されています。そして、それは「日本人学習者に合った効果的英語教授法入門 」(佐藤・笠原・古賀, 明治書院, 2015) で議論されている PPP ということになります。その中身は、

   

  ①    Presentation 段階では、「文法を明示的に説明し、学習者に知識として理解させるこ

          との重要性」(ibid. p.10)を強調し、「正確な文法知識は、場面状況に応じて正しい英

          語を使う為の必須条件」(ibid. p. 10)として、Communicative Teaching strong 

          version や TBL のような所謂  fluency first の方法論との違いを明確にしている。 そし

          て、「伝統的 PPP で問題なのは、自由に使わせる機会が極度に少なかったということに

          あ」(ibd. p. 10) るとしている。

  ②    Practice の段階では、「目標言語形式の定着に焦点を置いた模倣や繰り返し、暗記な

   どの機械的なドリルを行います」(ibd. p. 11) とし、「‘明示的知識 (explicit know-

         ledge) ’、‘宣言的知識 (declarative knowledge)」’ を実際に使える ‘手続き的知識 

         (procedural knowledge)’ にする為に、… オ―ディオリンガル・メソッドで重要な口頭

         での ‘練習’ は重視されるべきです」(ibid. p. 12) としている。

  ③   Production 段階では、「この段階で実際に英語を ‘使用’ することになるのですが、

         CLT や TBLT との大きな違いは、改訂型 PPP では、しっかりと理解し、十分に練習した

         上でコミュニケーションの活動を行うということです」 (ibid. p. 16)  とし、更に「ここ

         では生徒はその授業の目標言語項目だけでなく、その授業以前に明示的な指導を受け、

         practice, production した項目も与えられることになります。この活動に於いて、以前に

         習得した明示的知識がその後のインプットや反復練習・使用により暗示的知識 (implicit 

         knowledge) に転嫁していたのであれば、その暗示的知識を使う場が与えられることにも

         なるのです」(ibid. p. 17) と述べている。

 

というものです。

 

上記 ③ の指摘から、改訂型 PPP では、相当に長い時間を掛けた、言語使用のボリュームの大きな P3 が想定されているように思えます。従来の PPP の場合、P2 を varieties of practice と位置付け、‘手を変え、品を変え、飽きないように、しかも疑似コミュにケーションの経験もさせながら’ P3 に辿り着きます。‘Improvisation とも呼ばれている P3 は、場面設定のみ、或いは小道具の準備程度で自由な発話をさせる’ という授業の仕組み上の限界から、小規模・短時間にならざるを得ないが故に、P2 が一番長くなります。当然、短い P3 では implicit knowledge の再利用の機会は薄くなります。この物理的、時間的制約が、別時間にボリュームの大きなものを使いたいという考え方である TBL に繋がった筈です。

 

もっとも、佐藤・笠原・古賀 (2015) は P3 で使われる、目標言語にとらわれない英語の使用につながると考えている言語活動は、既述のように strategic interaction と discussion、そして scenario としていますので、基本的には Communicative Approach が communicative activity としている problem-solving,  information-gap, drama technique(s) の三要素には一応合致していると云え、単なる fluency practice と受け取られる曖昧さを残さずに、P3 の内容を確定しようとしているようにも思えます。そして、上記 ③ の記述は、改訂型 PPP では、相当程度の時間と規模の作業の適用を想起させることは既に述べた通りです。

 

このような、日本人学習者に合い効果的とされる 改訂型 PPP ですが、この方法論による授業を幾つか詳細に分析してみないと分からないこともあります。当然、その内容をもっと詳細に検討したくなるのですが、実現不可能ですので、考える上での出発点としては、改訂型 PPP は、

   

  ①    Presentation 段階は、日本語を使うのか、使わないのかは不明だが、文法知識

   を、文法用語を使い、明示的、演繹的 (inductive)? に教え、帰納的 (deductive)

   な方法論の伝統的 PPP では学習者にとって曖昧な部分と時間の無駄を少なくす

   る方策を取る;

  ②    Practice 段階で、伝統的な audio-lingual 時代ドリルの有効性の確認をするも

         のの、practice の種類については言及しない;また、この種の drill/practice の

         背後には行動主義の習慣形成理論があるが、これのみに依拠しているのか、そ

         れとも他の考え方も含めた練習方法構築の理論はあるのかの記述は無い;

  ③   Production 段階では、改訂型は CLT や TBL と異なり、十分練習した上でコ

         ミュニケーション活動 (strategic interaction、discussion) を行う;目標言語

         以外の既習の知識も使える機会があることから、既に declarative knowledge

         を implicit knowledge に転化している学習者は更にそれを使う機会を得る

 

という方法論であると理解することにします。そして、このように理解した上でこれらの条項をみると、佐藤・笠原・古賀の方法論に対しては、

 

  ①    P1 の演繹的指導は RSA Way PPP スタイルとは異なるので、具体例と実施した際の効

   果の研究・検討を必要とする。また、いつも明示的方法を使うのか、暗示的方法も適時

   使うか等は言論されるべきと云える;

  ②    P2 では practice の定義が甘く、

  ③    P3 の時間が長く、言語使用のボリュームの大きい TBL のような task に流れ 込んで

         いる印象がある。前半の PP を残し、strategic interaction、discussion と scenario を 

         敢て P3 の形で残す理由は何か。初級レベル以外での使用が前提されているのか。

 

のような考えが浮かんで来ます。従って、これは筆者にとっては ‘P1 に於ける明示的 present-ation’、‘P2 に於ける曖昧さから来る使える練習の自由度の増加’ と ‘P3 に於ける結構ボリュームの大きな communicative practice’ が 、RSA Way PPP とは異なる ‘日本人に合った’ 方法の中身であるとの主張に思えて来ることになります。その上で、

 

  ④   1 回の授業時間が 45分~50 分 (今後 40~45分 になる方向にある) である中学・高校

   のコースで使う場合 (大学でも 90分で何とか届く範囲)、従来の PPP スタイルでも数回

   に亙る可能性があるが、この点はどう考えるか

 

という、記述に無い学校運営上起こって来る制約も日本に於ける個別の要素として存在するように思えます。

 

尤も、佐藤・笠原・古賀 (2015) は、TBL のような方法論が提案され、強く主張されることを受けて、‘PPP はそんなに悪いのか’ という考え方を改定型 PPP 提案の出発点としているようです。ところが英国などでは ‘P1-P2-P3 の構成要素’ を持つ授業では、時間を掛け、より規模の大きな communicative activity を行なうことが物理的に不可能であり、形態の上でも限界のあることを認め、learning through communication の strong version との ‘接ぎ木による強化策’ を棚上げにして TBL のような独立した形での組織化を目指す方向性にあります。従って、改訂型 PPP は、佐藤・笠原・古賀 が日本の状況下での PPP 普及の際の弱点と考えている部分に手を加える方向での提案のように思え、‘無理な接ぎ木への回帰’ のようにも思えます。筆者が何となく違和感の伴う印象を受ける理由がここにあります。

 

上記の様なことから、この改訂型 PPP の用途は、既に相当程度の英語運用能力を持っている学習者(例えば、中級の初期以上の学習者)を対象とせざるを得ないように思えます。当該授業時間に教えるべき target structure/expression がある上に implicit knowledge 化した言葉も使う規模の task になるからです。加えて、この規模の task になると、教師の印象を述べる「学習者は今教えたばかりの言葉を使わない」という言葉で表される現象 (avoidance strategy の適用) が起こりやすいことから、結果として、この P3 の場面が fossilization (化石化 ) の可能性を確認する場としての意味を持ってしまう可能性もあり得るとも思われます。

 

PPP P3 に対する筆者の考え方

前項までのような検討を踏まえると、筆者の考える ‘日本型 PPP’ に対する考え方の出発点は以下のようになります。改訂型 PPP の

 

  ①    P1 に於いて明示的に説明する方法を採ることも、積極的な意味で検討する必要を認め

   る。暗示的方法に伴う meaning check が甘く、上手く行っていないケースも多いからで

   ある。但し、その中身はもっと議論され、様々な方法が創り出されるべきである; 恐ら

   く、この領域のプランに grammatical cohesion という考え方が影響する可能性を含む

   と思える。短いテキストによる提示もあるからであり、その場合、学習者が積極的に対応

   し、strategy の開発をする可能性もある;

  ②    P2 に関しては、もっと理論的な裏付けの議論を深める必要がある。PPP の性質に関わ

   って来るからである;そして、 恐らくここが discourse analysis の研究成果が最も精密

   に応用され得る領域と思える;学習者は学習活動への対応の為に様々な strategy を使う

   可能性を含み、それが脈絡情報の活用の為の手立ての現れである可能性もあるからであ

   る。

  ③    P3 を暗示的知識 (implicit knowledge) に転嫁した言葉も使う機会として一般化する

   ことは 、接ぎ木の強化によって、実質 P3 を単なる方便から process-oriented 化に変更

   することになる。TBL のような方法が研究されることと矛盾する為、その必要については

   強調するとすれば疑問を感じる。

  ④    ①~③ の全てに関わる、日本の中・高等教育機関に一般的な 40~50 分で一コマとい

   う物理的制約があり、恒常的な授業形態としては変更不可能である傾向が強いことにどう

   対処するかについても検討をしておく必要がある。

 

ということにあり、こうしたことを踏まえた上で PPP の各構成要素を、

 

  ①   P1 を当該授業の target となるべき言語・表現を選択し、それに様々な形で ‘focus + 

   analyze (= ルールの提示+ meaning check)’ して、形式と意味の関係を確実に理解す

   る段階と位置付ける;

  ②   従って、P2 は抽出した target の文法項目・表現を skill-getting level から skill-

   using level に至るまで、様々な speaking, reading, writing の練習方法を使って学習す

   る機会と位置付ける (Listening は strategy training 重視になる為、学習作業の結果自

   然に学ぶものと扱い、activity のプランの際焦点を置かない);

  ③   そして、P3 は ①② の段階で学習した言語とそれを操作する能力が、実際の伝達際に

   一応使える段階まで習得出来ていることの ‘実感を得る’ ことを主眼とする場面と位置付け

   る

 

とするものです。

 

これは、PPP という方法論を、全くの初心者を教える場合の 、G-T  のように context から切り離された言語の一片を、或いは、少しレパートリーが増えた段階で Phonetic method のように context の付いた形で提示するとしても、その本質は ‘試験管の中にある言語・表現’ を選択し、教え、徐々に co-text 或いは context 情報を加えながら練習することを主眼とする product-oriented (結果重視) の方法論であることを再確認することになります。筆者がこのように考える理由は、

  

  ①    一般に初級段階では、言葉の使い方よりも先ず言葉を憶えることに重点がある為、学

   習者のレベルが低ければ低い程、教える内容 (= syllabus) は structural-/ functional-

   analytic; product-oriented な要素に重点を置かざるを得ない;

  ②    学習者が自然に言葉をピック・アップする方法ではなく、① のような syllabus を事

   前に準備した場合、‘present > practice’ という段階を踏まなければ教えることは不可能

   であり、当然 accuracy practice を通じて練習することになり、error も修正するという

   作業が含まれざるを得ない;

  ③    ホテルのウェーターの為のコースのような ESP の場合、functional-analytic syl‐

   labus に基づく formulaic pattern が meaning check と共に明確に丸覚えの形で教えら

   れ、‘focus + analysis’ の ‘analysis’ が 100 %暗示的になる。それでも、P2 で練習した

         短い P3 の fluency practiceが ‘実際の伝達’ の為に有効と思えるのは、仕事場で日常的に

         繰り返される限られた場面に於けるサービスの受け渡しの成功という極めて単純な利害の

         一致と表裏一体になっており、与えられた process-oriented のような context にピッタ

         リするからである;しかし、general course の場合、カバーする話題の範囲が ESP より

         も幅広く、言葉を学ぶ動機の異なる学習者の instrumental motivation が弱い傾向にあ

   る。故に、course を構成する可能性の大きい structural-analytic syllabus の学習項目

   の場合、P3 でも target language を使うような仕向け、何度も繰り返されるような、単

   純にして明解な context を伴う activity/task をプランすることには相当な困難が伴うこ

   とは想像に難くない。

 

ということになります。

 

日本型 PPP に於ける P3 の考え方

上記のような事柄を踏まえると、筆者の考える日本型 PPP に於ける P3 は、本質的には ‘単なる規模の小さい fluency practice’ と見做すことも出来るかと思います。それでも、それに伴う幾つかの理屈や条件が出て来ることになりますので、以下に列挙した上で、議論を進めたいと思います:

 

  ➊   日本型 PPP は、基本的に Primary level ~ Lower intermediate level 程度の学習

   者を対象とする方法論である;

  ❷   RSA way PPP は ピック・アップしたサンプルを product-/speaking-oriented で

   教え、最終的に P3 で speaking-oriented の fluency practice に持ち込むもので

   ある。当然、日本型 PPP でも product-oriented activity/task の延長上の fluency  

         activty/task が検討されることになる;

  ❸  日本型 PPPは、文法の仕組みを学び、文法の側から見た discourse の流れの捕ま

   え方を学ぶ P1, P2 部分 (bottom-up> top-down の方向) に、既述のように、‘実際の

   伝達行動を行う時の context に頼る言語使用  (top-down) を経験してもらう’ 程度の 

   P3を追加する形態である。したがって、❷ のことを踏まえると、当然、授業によって 

   P3 に speaking-oriented の activity/task 以外に writing-oriented の activity/task

   を置くことも可能になる。

 

❶ は、Intermediate段階になると、授業プランの練習の中で既に知っていることを飛ばして取組みを始める傾向があることから、Test-Teach-Test や TBL のような、presentation という ‘Focus +Analysis’ 段階の位置付けを変えるような方向性が模索されていることを念頭に置いたものです。裏返せば、P3 を ‘単なる規模の小さい fluency practice’ の位置に置こうとする故の、この format を使用するべき学習者のレベルの限定と云えるでしょう。❷ は、そのスタート以来 PPP の PP は product-oriented の方法論であり、speaking のモードで使われ続けて来た経緯があることの確認です。また、後で述べる writing への範囲拡大の考え方の為の確認事項でもあります。P3 がほゞ speaking 領域で行われる傾向は、恐らく英国という限定された英語使用環境に於ける初級段階で早くspeaking に対応しなければならないが故のことであり、writing は別の流れで対応しなければならなかった為のような気がします。多くの移民の場合、アルファベットの学習から writing の領域を始めなければならない事実があるからです。日本人の場合、中学入学時にローマ字学習は終了していますので、それ程の困難は無い筈です。したがって、speaking と同じように product-oriented activity の延長上に writing に重点を置いた P3 activity/ task の開発も可能ということになり得るでしょう。そして、writing 領域で、information-gap を含むような activity 開発も可能です。❸ については、先ずもって、pre-intermediate 段階までは、PPP はstructural syllabus ベースの教材  (文法規則に focus を置く) で教えるにせよ、functional syllabus ベースの教材 (chunk を提示;背後に strong structural syllabus あり) で教えるにしても、文法を含む言語形式の学習の為の learning language の方法論だということを確認する必要があります。その上で、本格的な top-down 処理の方法を学び、ボリュームの大きな communicative activities に依拠する learning through communication の取組みは、別に授業を設定し、TBL 等の process-oriented の作業の中で学ぶべきという考え方になります。言い換えれば、product-oriented approach と process-oriented approach の接着剤的役割を P3 段階の fluency practice に持たせるということです。

 

従って、筆者が考える日本型 PPP に於ける P3 を具体的に再確認する為、以下に引用する「文法訳読式の指導方法は乗り越えられなければならない (3) その 6」で取り上げた situational language teaching 時代の、元祖 PPP の P3 を見て欲しいと思います。

 

日本型 PPP の場合、この元祖 PPP と同じ程度の communication の質、言い換えれば、単に ‘話し手同士の持っている本当の情報のやり取り (personalizationの教材)  をする’ 程度の伝達レベルの P3 ということになります。何故なら、日本の教室では、言語と情報のコントロールを緩め、学習者の自由度を増した指導は殆ど行われておらず、学習者も教師もこの方法に全く慣れていないと云える状況にあるからです。

 

但し例のように 3 名程度ではなく (英国の入門・初級段階のクラスは大抵受講者が少なく、2~4 名位の場合が多かったという印象がある)、より大きなクラスで、lock-step を外して pair work の形態を採り、対話が終了したらパートナーを代える形となります。Activity/task の内容によっては、group work の形態もあり得るでしょう。そして、教師は完全に observer の位置にその立場が変わるということになります。学習者が慣れてきたら、小道具を使う等もう少し複雑な task のものを想定することも可能ということになるでしょう。どちらにせよ、15 分程度で終わらせる ‘単なる規模の小さい fluency practice’ の規模に収める方が良いということになります。また、writing の場合、書かせる作業と伝達の目的で情報を発信する作業を分ける必要があるので、より task 的な作業になる可能性があります。

 

    ********************************

 

    名前が分かるように加工した 6人が、何らかの行動をしている写真を見せ

                        +

    What’s John doing … anybody? のように質問し、He’s listening to music.

            を学習者から引き出そうとする (少し出来るようになると、学習者から言葉を

            elicitすることが一般的だが、最初の例として、He’s listening to music. を提

            示する場合も多くある。特に beginners level)Present = P1

                             

                                                         

            Teacher:  Can you tell me?  Mary? …. Yes, Takako.

            Learner:  She’s [Mary's] reading a book.

          Teacher:  Good.

    

            のような Teacher-Learner の対話を 6 回繰り返す Practice = P2

 

                                    

            学習者の家族が現在何をしているか (personalization) を想像して、報告させる:

 

            Learner 1:  My father’s smoking a pipe.

            Learner 2:  My brother’s watching TV.

            Learner 3:  My sister’s making telephone call.

 

           のような ‘Learner reports, class listen’ (= lock-step)  の作業を繰り返す。 作業

     内容を分からせる方法は word or phrase + gesture 又は短い日本語による指示。 

Produce/Production = P3

 「文法訳読式の指導方法は乗り越えられなければならない (3) その6」より

 

    ********************************

 

筆者の考える日本型 PPPとは、上記のような単純なものです。単純で、かつ今回は PPP の成り立ちや理屈に関わることが主で、殆ど P3 の教材の話をしていません。何故なら、P3 の本質は「文法訳読式の指導方法は乗り越えられなければならない (3)  その 6」で触れた、Littlewood(Communicative Language Teaching, 1981, CUP) の用語 Improvisation” に尽きるからです。

 

筆者が見た PPP の授業の中では、general course に成る程、又中級に近くなる程、例えば、“上記の元祖 PPP の P3 の例のように、P1, P2 から topic (上の例は、人の行っている ‘行動’)をそのまま引き継ぎ、 personalize して、10人程度のクラスの中を歩き回らせて、ペアを代え、10分間情報交換し続けさせ、P2 の最後の less-controlled practice topic であることが多い” ような、比較的単純なものが一般的だったように思えます。TBL 等の learning through communication 領域の task への移行が前提されているからかも知れません。そして、時折、駅員役に行先と料金の表のようなメモを渡し、駅で切符を買う場面を再現させる” ような、より task 的なものがあった程度です。

 

また “授業中に使った語彙カード等に幾つかの小道具を使って、全員に買い物をやらせたり、店主をやらせるような small task の P3 は ESP のコースで頻繁に行われていたような気がします。職業がらみで、近い将来置かれる場面が誰の目から見ても明らかで、それに対処することが最優先される ESP ですから当然のことなのかもしれません。

 

このように、学習者の履修するコースの性格・学習レベル・内容等によって、fluency prac-tice/activity の様相が異なることから、この部分は、様々な例を参考にしながら、教師自身が教えるコースとその後に用意されているコースと学習者の性格などの要素を十分に検討して、そのコースと学習者にピッタリの、一種の tailor made の方針に基づく P3 を創り出す必要があるのかも知れません。

 

日本型 PPP の運用に関わる事柄の検討

上記の様なことから、PPP 及び P3 に関して、これを皆が取り組めるようなものとする為には、もっとも全ての新しい取り組みがそうなのですが、安易な導入に流れないように、事前に充分な検討をする必要があると思われます。約 30年前に PPP のような、ある意味で簡単な方法論の導入を伴う communicative teaching 導入に失敗した現実を踏まえれば、以下のようなことが筆者には負の印象として大きく残っていることがあるからです:

 

  ➀   1980~90 年代の communicative 導入に際して行われたことは、Communicative

   Approach や Communicative Language Teaching の理論と教材の解説が主体であ

   り、授業実践は ALT の導入 (大多数の ALT は TESOL の短期研修を受けた程度で

   来日していたという問題もある) という目先の改革に終わり、実践の交流について

   は、最底辺の実施校に至る程まで熱心に検討されることはなかった;

      ②   そして、communicative の方法論に根差した授業方法やプラン方法に関しては、

   それ程熱心な検討が行われたようには思えない;このことは、結果的であるとし

   ても、教材を授業で有効に使う上では、平均値としては、新しい教材を古い方法で

   教えることを容認、或いは奨励?する形になったと云える。大多数の教師は良く知らない

   からである;

  ③ 譬え ①② のような検討が行われたとしても、短期の研修の場合、上手く行ってい

   るようでも結果的には摘まみ食いされるであろう傾向は否定できない;従って、最終的に

   は「ゲームばかりやっていて、遊んでいるのではないか」のような批判を浴びることによ

   って多くの取組みが萎んでしまった現実につながったのではないか。

 

このようなことになる背景には、教師の問題・教育行政上のシステムの問題を含め様々な要素が絡まっていて複雑です。PPP の方法論一つ取っても、筆者が知っているだけでも、当時かなりの数の PPP スタイルの授業の達人のような中学・高校の教師が存在していた筈です。それにも拘わらず、初級段階で必要であったこの授業方法の普及は芳しくなかったように思えます。不味いことに PPP の上手な教師の勤務校に於ける影響力も職場の事情で削がれることが多い傾向があったことも事実です。そして、そうした小さなことの積み上げが、有り体に言えば ‘ゲームばかり=遊んでいる’ 批判に力を与えたと思えます。もっとも audio-lingualism 導入の時期にも ‘パターン・プラクティスの名手’ のような人たちは沢山いたようですから、歴史は繰り返しているだけなのかも知れません。

 

上記のようなことから、筆者の私見では、導入前から初期にかけて、様々なことについて十分な検討を行いながら、じっくり時間を掛けて、導入したい職場に授業実践を広げ、英語科の組織力を高めて行く必要があると云えるように思えます。そこで、今思い付くことを書いて置くと、以下のようなことがあると思えます:

 

  教師の考え方を出し合い一致させる目的で議論を深めるべき agenda:

  ① PPP を採用するということは、文法規則を教え、組織的に練習し、運用可能なレベルの

         習得を目指すということを意味していることを英語科の教師全員が確認する必要がある;

  ② このことは、具体的には G-T の基本的立場である ‘練習問題は授業で少し、あとは宿題

         で’ という立場を変え、‘運用可能な言語の習得への道筋を、具体的に言葉を扱うことによ

         って示す(P2 ;product-oriented, teaching communication)’ という役割を教師が背

         負うことを意味する;

  ③ ② の立場に立ち教科書掲載の練習問題を adapt したり、新しく create したりするこ

         とを通じて、「日本語の使用が文理解の補助程度の役割しか果たさないことを教師が理

         解した上で、多様な方法で書き取りや音読を課し、学習方略の獲得を通して、日本語に

         訳さなくても理解できるようにさせることが重要である(小寺・吉田: 英語教育の基礎

         知識: 強化教育法の理論と実践, 2007, p. 37) 」という日本に於ける新しい (日本

         型)PPP に対する考え方に基礎を置く、日本人のクラスに適した P2 段階の varieties of 

         practice という概念を創り出す必要がある;

  ④ ③の中身として、varieties of practice 段階では、本来 speaking-oriented の activity

   だけでなく、reading や writing の作業を含む多様な練習方法の配列を創り出すべきであ

   ることが意識される必要があると云える;しかし、この varieties of practice という概念

   には、元来その配列に従って練習を積み上げる際に、学習者の考える量や練習量が ‘後に

   行くほど増える’ という考え方が含まれていることをどう考えるかという点で、この概念

   を採用する、しないに拘わらず議論して置くことは重要と言える。話し手の間にある、

   information-gap を含む何らかの ‘gap’ の存在とそれを埋める作業が練習のボリュームが

         大きく、communicative competence の養成につながると思われているからであり、こ

   の考え方が P3 に於ける fluency practice  へのチャレンジの為のジャンプ台と思われて

   いるからである。

  ⑤ 日本の中学・高校では、今後授業の 1コマは 40~45 分の授業となる。通常 PPP の一

   連の手順の完了には 90分は掛る為、3~4 コマの授業時間が必要となり、2 回目以降は前

         回の復習から始めざるを得ない。 Target の文法項目の再確認の役割が果たせるような復

         習の為の activity の開発についても、様々な方法が試され、その効果が確認され、教師

         間で共有されるべきである。復習に失敗すれば、40 分授業なら残りは 30分以下になる

         可能性の方が大きいからである。

 

  英語科として検討し一定のコンセンサスを得て置く方が良いと思われる事柄:

  ① 中学・高校の英語コースが general course であり、教養コースの性格が強く、職業が

   らみの ESP コースの場合とは異なって course 内容と motivation のつながりが弱いこ

   とを共通確認する必要がある;

  ② その上で、 intrinsic motivation の重要性を確認しながらも、当該学校の extrinsic 

   motivation、 即ち instrumental/integrative motivation について十分な調査検討を行

   って、英語科の共通確認としておく必要がある;

  ③ ②の調査を行っても、多くの場合、単位・卒業・外部試験の合格 (instrumental

   motivation) や英語国への旅行・留学 (integrative motivation) のような内容を超える

   incentive となる要素が見つかる場合は稀であり、このレベルでは、ESP の学習者とは比  

   較にならない motivation レベルであることも英語科の共通確認としておく必要がある;

  ④ ②③の共通認識は ‘自分達の教える学習者は直ぐに学習を投げ出す’ 性質を持っているこ

   との教科としての確認であり、傾向の変化もあることから、調査と確認を毎年繰り返す必

   要もあるようである;その上で、peer-group pressure という形で現れる、集団力学を 

   motivation の根源の一つと考え、分析し、集団の中で学ぶという状況を創り出すにはど

   のような課題設定をすれば良いかの研究・検討をすることが有益と思われる;筆者の知る

   限り、学年で語彙学習の範囲を決め、その範囲内の数種類のテストを用意し、放課後実

   施、英語科総出で採点し、合格者から順に帰宅させる、不合格者は 1 時間後の再テスト

   で別の問題に挑戦することを 1 日に数ラウンド続ける形の波状テストの取組み (全員合

   格まで数日かけてでも続ける) がある。そして、ここでは、‘合格者の不合格者への自然発

   生的バックアップ指導’・‘語彙が楽になることによって intrinsic motivation が開発され

   たことの顕在化で、英語の好きな学習者が増える’ 等の利点が報告されている(あらゆる

   取組みについて回る弊害の除去に留意する必要はあるが)。

  ⑤ また、ここからは、本来このブログで詳細に検討するべき問題ではなく、syllabus 

   design の領域で検討されるべき事柄であるが、PPP スタイルの授業の P1, P2 段階は、

        本質的に ‘試験管の中のサンプル’ に近い材料を使った bottom-up の指導方法であり、和

   訳による理解でも、英文のままの理解でも、又どんなに頑張っても、‘文型の知識+語彙

   の意味’ による内容理解から始まり、若干の co-text 或いは context 情報と呼べる情報を

   付け加えながらより運用能力の開発につながりそうな言語活動を行うものであることを何

   度も確認する必要がある; また、P3 はその上で fluency practice という名の、ある意

   味では中途半端な top-down 指導が行われるものであることを明確にした上で、con‐ 

   text 情報を持ち込もうとするものである; このことは、本格的な context 利用の主戦場

         は長めの文章を読む reading area であることを意味することから、reading の活動が語

         彙の増殖につながることも念頭に、‘和訳による理解を乗り越え得る’ reading skill の開発

         に早くから取り組むことの必要を提起することになる;

  ⑥ このようなことから、例えば、コースの中身を ⓐ PPP で扱うブロック、ⓑ reading 

   focus のブロック、© writing focus のブロック、 ⓓ pronunciation/speaking のブロ

   ックのように4ブロックに分け、

  

     ⓐ のブロックでは検定教科書の各レッスンの各パートを speaking-oriented 或

       いは writing-oriented で扱い、

             ⓑ のブロックでは英語国で伝統的に行っている pre-, in-, post- for receptive

        skills’ スタイルの reading の授業を、教科書に載っている additional reading 

                   教材、或いはその半分程度の分量のテキストも追加して取組むと同時に音読練習

                   も行い、

       © のブロックでは、簡単な writing の作業に取り組むと同時に復習の形で組織的に

                   文法ルールを扱い (deductiveな手法、focus on form の手法の両方が可能)、

     ⓓ のブロックでは、ⓐ のブロックに追加して、様々なスタイルの対話練習を行うと

                   同時に、必要に応じて発音と主に bottom-up listening skills に関わる練習を行

                   う

   

   のような形での学校独自の course syllabus を作って行くことも、学習者の分析を含まざ

         るを得ないことから、英語科の組織力強化の為の良い方法であると云える。

 

このような事柄を踏まえ、筆者が大切と考えることは、新しい方法論が提案されても現実のteaching では、授業のコアの部分が変わっているだけで、周辺部は余り変わっていないことに気付く必要があるということです。 G-T の根幹は ‘語彙学習+翻訳作業’ であり、Audio-Lingual Method では、‘語彙学習+文法構造の枠内の語の入れ替え練習の繰り返し’ でした。そして、 Communicative Approach の根幹は、更に ‘ information-gap, problem-solving 又は drama technique のどれかを含む練習の追加’ にあります。

 

そして、ひとたび教室に入れば、例えば G-T の場合、‘理論的にも特定の発展段階でしか有効ではない可能性のある翻訳’ の重視の結果、この翻訳周辺の作業に授業時間を掛け過ぎることに大きな疑問が呈されているという見方の方が良いように思えます。コース運営全体の中で物事を考えると、他の教授法が、学習者が勝手に訳して理解したり、質問したりすることまで否定している訳ではないからです。

 

このように各教授法を見ると、中心になる方法論が違っても授業の他の要素は若干の変更を伴うだけで、多くの部分は殆ど既にあったものがその儘残っていると云えるように思います。‘教授法理論とそれを体現する教材’ と ‘その教材を使って行う実際の授業’ の間には、学習者のレベルが下がるほど埋めなければならない gap が確実に存在しており、それをどう埋めるかは、教育活動に関わる学習者と教師の実態との関りの部分の方が大きいように思えるということです。

 

また、英語コース全体の流れを考えるとき、上記のような英語という言葉とその扱い方(methodology) と云えるような毎日の授業内部の問題があり、そしてそれを超える学習者の問題 (motivation 問題) に加え、教えるべきコースの内容の問題 (syllabus/course design) が教師の共通理解を求める問題として存在することが分ると思います。

 

まとめとして:

「文法訳読式の指導法を乗り越えるための一つの考え方(3)」では、7 回に亙って language teaching の世界で確立された PPP という方法論について、同じ事柄の見る角度をほんの少し変え、何度もオーバーラップさせながら、繰り返し検討してきました。様々な教授法が提唱される中で、教室という現実的な場面で、色々な方法論を部分的に取り込んで授業が構成される為、いわゆる eclecticism が提唱されている中で、教室で用いる際の汎用性が高い method の一つと思えるからです。

 

このように考える背景には、

 

  ① Best method を求めて様々な教授法の背後にある教育理論にまで検討範囲を広げ

   た methodology のレベルの比較研究が行われた結果、個々の教授法の限界が指摘

   され、eclecticism に議論が落ち着いた経過がある;

  ② 一方で、第二言語習得理論の進展などにより言語習得という作業が ‘学習者が自

         ら掴み取る’ という性質を強く持っていることが分かって来ていることを踏まえれ

         ば、teaching の必要は否定されないものの、全体の流れは learning 重視の方向に

         向かう傾向が出て来る;

  ③ こうした状況の結果として、syllabus に焦点が移ってしまい、比較的弱かった

         授業構成の仕方と授業実践の検討の問題は等閑視されてしまったように思える状況

         が出来上がって来た中では、良く分析された方便としての PPP は、最初に学ぶべ

         き授業構成上の出発点としても有用であるように思える

 

ことがあります。

 

しかし、こうした授業に関わる事柄とは別に、syllabus に焦点が移った結果として、又第二言語習得理論の進展によって過去 40年程の間に露わになって来たこととして、教授法の流れの発展の相対的停滞に対する syllabus の流れの変転の大きさがあります。言い換えれば、

 

  ① 1980 年代に、内容を決定し教えるという立場に立つ教授法の分野が eclecticism

         に舵を切る中で、教材編成や授業構成を行う際に光が当たる syllabus は product-

         oriented (structural syllabus がその中心) のものに限られる傾向を持つ形になって

         いる;

  ② これに対して、学習者が言葉を使うことを通じて学ぶという立場から、目的達成

         の為の条件と学ぶ内容である syllabus の分野に焦点を移す方向性では、当初

         structural syllabus を背景に持つ、同類とも云える notional-functional syllabus

         (教える言語項目を並べる点で同じ) から始まり、後に自由に言語を使わせるための

         task を並べ、言葉は教えないで分析するだけの、process-oriented の TBL(T) に

   焦点が当たっている。21世紀に入って、communicative の方法論の進展が一段落する

         と、更に焦点が、習うべき言葉の内容の方向に若干移動し、その中身は product-/

         process-based syllabus の両方に跨り、中間的な存在である content-based syllabus 

   の CLIL (Content and Language Integrated Learning) が強調される方向にある。

 

ということになります。

 

第二言語学習者の習得のプロセスが全て明らかになっている訳ではない現在、こうした流れがそのまま続くとは思えませんので、将来又様々な方向に振れながら新しい方向性が見いだされることは間違いないでしょう。今分かっていることは、'コースを編成して教える・学ぶという方向性' を採る限り methodology と syllabus designing は言語教育分野の双璧であるということでしょう。この二つの相関関係の中で、言語習得理論のような学問が大きな影響を与え得る形で存在しますが、筆者には言語習得分野の事柄は、教えるべき学習者の理解のための研究という立ち位置からの、常に up-date されている分かり易いまとめであって欲しいという思いがあります。授業の構成や 教材の adaptation に直接役立たない、難解なだけの習得理論は、現場の教師にとって重荷でしかないからです。

 

このよう考え方の下に、筆者が大学の教員養成コースの英語科教育法と呼ばれる科目に望むことは、syllabus, methodology, ELT learners の三分野について、中学・高校の現実の中で最も求められる領域を中心にじっくり教えて欲しいということです。そのことによって、将来現役教師として教えるであろう教師の卵達に、検定教科書を分析的に見る目を与え、教授法の一般的な知識の他に、的確な授業構成を行う際の批判の為の雛型としての method の知識を与え、学習者の学習の維持・促進・管理のために必要な基礎知識を与えることが、語学そのものの知識を除いては、教員養成の重要なことのように思えるからです。