『なぜ、部下はリーダーの足を引っ張るのか?』『比べない生き方』『任せる技術』『あたりまえだけどなかなかできない33歳からのルール』など、多数の著書を発表されている小倉広さんは、経営コンサルタントや実業家の顔をもつ売れっ子のビジネス書作家です。

リーダーシップをテーマにした濃厚なメルマガも読み応えがあります。

メルマガ『人と組織の悩みが嘘のように晴れるコラム』
http://www.faith-h.net/tabid/330/Default.aspx


小倉さんの本は、学びの宝庫です。

なぜ宝庫なのか?

それは、書かれている内容が小倉さん自身の知識と経験に根付いているからにほかなりませんが、加えて、「磨き上げられた視点」という武器があることも見逃せません。

経営者やビジネスマンはもちろん、「もっと深みのある文章を書きたい!」「シャープな文章を書きたい!」という方にも、小倉さんの本はきっと役に立つはずです。


今日は小倉さんの著書『「ビミョーな人」とつきあう技術』から、勉強になる文章展開(=思考展開)の一例をご紹介します。

「イチローがバットを変えない理由」(P164)という小見出しが打たれた文章に注目します。

小倉さんがまず読者に示したのは、テレビ番組内でのイチロー選手の発言です。

僕がバットの種類を変えないのは、打てなかった時に道具のせいにしたくないからです。打てない時に、バットを変えてしまうと、何かあるたびにバットを変えていくようになる。そういうバットのせいにする人間になりたくないから道具を変えないんです

並の著者であれば、こうしたイチローの言葉を引き合いに出して、「一流になるには、やはり言い訳をしないことが大切だ」という平凡な結論に落して行くところでしょう。

ところが小倉さんは、「僕は二重の意味で驚いた」と意味シンに切り出します。

一つ目は、その恐ろしいまでのストイックな考え方だ。つまり、自らの肉体を、そして、精神をつねに限界まで研ぎ澄ますために、そこまで気を配るのかという驚きだ。

この見解は比較的オーソドックスなものといえるでしょう。

読者の多くが、「本当だよな~」「さすがイチローだよな~」と思うはずです。

ただし、ここから先の見解が、小倉さんの真骨頂です。

二つ目は、その逆だ。つまり、イチローほどのトップアスリートでさえも、気がつけばバットのせいにしたり、環境のせいにする『他責』思考になってしまうのだな、という驚きだ。

これにはシビれました。

イチローのこだわりを手放しに絶賛するのではなく、小倉さんは「では、なぜ同じバットにこだわり続けるのか?」に光を当て、イチローが実は『他責』思考になりやすい人間であるという(驚きの?)事実を浮き彫りにしたのです。

小倉さんはこう結論づけます。

「他責」である限り、人の成長はない。

イチローの発言の意味を十分に「咀嚼→消化」したうえで(つまり、小倉広という人間のフィルターを通したうえで)、小倉さんなりのメッセージを読者に届けているのです。


これで終わりではありません。

小倉さんは、さらに一歩踏み込んだ持論を展開します。

しかし、イチローほどの、世界でも稀にみるほどのストイックなプロフェッショナルでさえも、気がつけば他責になってしまう(バットのせいにしてしまう)くらいなのである。我々凡人が、我々凡人の部下たるメンバーたちが、ことあるごとに「他責」になってしまうのも仕方がないのではないか。

「イチローのように『他責』を避ける工夫をしよう」と言いたくなるような場面で、「自分を含めた多くの人間が凡人なのだから、仕方ないだろう」という意外な方向へと話をシフトさせたのです。

そして、イチローを「最上位のプロフェッショナル」かつ「トップ1%に間違いなく入る逸材だろう」と断定したうえで、次のようにまとめます。

であるなら、そこは割り切らなければならないだろう。つまりは、イチロー選手と同じことを求めてはならない。「他責」になってしまう部下が9割以上であることを織り込んだ上で、組織をつくっていかなければならないのではないか。

いかがでしょう?

冒頭でイチローの惚れ惚れとする発言を紹介しておきながら、最終的に「イチロー選手と同じことを求めてはならない」という結論へと導く秀逸さ、痛快さ。

しかも、その結論は、奇をてらった暴論の類ではなく、読者を納得させるに十分な分析結果に基づいています。

期待を(いい意味で)裏切られながら、本質へと近づいていく。そんなスリルとワクワク感が小倉さんの文章にはあります。


では、私たちは一体、こうした小倉さんの文章展開(=思考展開)から、何を学べばいいのでしょう?

私は「視点の豊富さ」だと思います。

物事には必ず裏と表、いや、無数の側面があります。

その側面に気づける人は、おそらくシャープな文章を書くことができるはずです。

もちろん、「これぞ揺るぎなき真実!」という断定的な見解もときには必要でしょう。

しかし、そうした見解とて、側面が見えて書いているのか、見えずに書いているのかでは、読み手に与える印象は大きく異なります。

そういう意味でも、常に物事の側面を見るクセをつけることが、文章上達の「カギ」といえるかもしれません。

内容はもちろん、文章の書き方の勉強にもなる『「ビミョーな人」とつきあう技術』。名著につき、ぜひご一読ください。

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