このたび、東日本大地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

一刻も早く被災者全員が救出されることを祈っています。


地震発生時、私は東銀座の東劇ビルで映画の試写会中でした。

エンドロールが流れていましたが、それでもまだ館内は真っ暗。激しい横揺れのなか、無我夢中で非常口へと向かいました。

銀座の街は、ビルから飛び出して来た人たちで、一時騒然となりました。

$執筆、プロフィール作りのプロ! 感動フリーライター -東日本大地震

3分後には道路を消防車や警察車輛が慌ただしく駆け抜け、複数のヘリコプターが頭上を旋回していました。

家族への連絡がつかないまま(その後ツイッター経由で連絡が取れました)、私は歩いて東京駅を目指しました。歩道には、ビルのガラスの破片が散乱するなど「けが人が出たのでは?」と思われる光景も目にしました。


その後数時間は、情報の入りやすい東京駅で待機。23時ごろ、復旧した丸ノ内線で池袋まで行き、ツイッターで「施設を開放している」との情報があった立教大学へと向かいました(地元駅までの私鉄は不通)。

講堂はすでに満席に近い状態でしたが、空いているイスに腰を下ろしました。立教大学といえばミッションスクールです。壇上に掲げられている大きな十字架を見ながら「この地震が何を教えようとしてくれているのか」について考えました。

答えのようなものから、答えにならないものまで、複雑な気持ちが入り乱れました……。

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大きな被災を免れた地域の人間は、被災地に対して、どのような協力をするのが一番いいのか?

昨夜、政治家の田村耕太郎さん(http://twitter.com/kotarotamura)にツイッターで質問を投げたところ、即答いただきました。

「今は募金が一番だと思います。<中略>そして節電だと思います。明日から世界各国からのプロの救援隊来るので現地は言語も含めて対応に忙殺されると思います」

支援や協力についての考え方は人それぞれですが、プロの救援隊の邪魔にならない支援(つまり募金や節電など)をするという考え方には「理がある」と思いました。あるいは、被災地に近い地域の方などは、もう少し直接的——たとえば人的や物的——な協力方法もあるのかもしれませんが。

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ほかに、私たちにできることは何か?

それは、まずは、自分にとって大切な人たちを愛することではないでしょうか。

そして、もうひとつには、日常の「何気ない幸せ」に気づくことではないでしょうか。

被災地域の皆さんを心配する気持ちは分かりますが、今ある幸せに罪悪感を感じる必要はないと思います。

いえ、むしろ、日常の幸せを実感し、家族や友人、それに、ともすると「あたり前」と思いがちな出来事に感謝すること——。

自然災害が教えようとしているのは「そういう気づき」なのかもしれません。