理系の米田氏が 壬申の乱 以前の九州王朝の実態をほゞ解明しているのに、乱の勝者である王朝(所謂大和王権グループ)が扱う“源氏物語”は何故ウヤムヤなのか?
オリジナルの舞台の中心は九州王朝 大宰府・・・ 。
大和朝廷の姿はまだない。
舞台となるポイントは、観世音寺、長谷寺、石山寺、など。
あの頃の文学は今のネット小説みたいなもので、主人公の名は仮名であり、貴族仲間が回し読みしながら類推して楽しんでいた。
このような平和な社会は 壬申の乱 以降豹変し、現在にも続くレベルが低い支配者集団が思いついた事とは?
なんと、すべての分野で すり替え が行われたのです。
寺院をバラして関西まで運び、昔から建っていた振りをする。
地名も付け替え、強制移動の労働者。
レベルの高い九州から関西に運ばれてきた諸々を、さも 昔からこの地にあったかのように見せた。
このような環境下で、新たに平安時代に“改造 源氏物語”の編集を始めたわけですので、現在においても、さまざまの資料を扱っている最中に興味のある出来事(新発見、新解釈)がしばしば話題になります。
“源氏物語”に接する場合、純粋に物語を楽しもうとするのか、物語の成立過程(この国の本当の歴史)を知りたいのか、態度をハッキリしてからにしましょう。
一見、平和で穏やかに見える世の中ですが、真相が明らかになってしまうと困る方々は、世の東西を問わず、どの業界にもいらっしゃいます。
To be continued
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