続 法隆寺は・3. 掘立柱建物 かつては弥生時代、古墳時代を代表する建物とされた掘立柱建物だが、奈良時代以降すべてが礎石造りに変わる。その変わり目に法隆寺(心柱だけが掘立柱)がある。倭国製品アイディアを扶桑国の連中が理解し切れないのは現在も同じ! 白鳳地震前に扶桑国では掘立柱という建物が耐震建物として存在したことは間違いない。 To be continued 沢山拡散お願いします!