数年前にスピリチュアル関連の恩師に大阪で講演会を開いた時のことを思い出しました。


講演会は最先端のスピリチュアルに沿った内容でしたが、今回は講演の内容を書くつもりはではなく、講演会で出会ったある女性が話していた事がらついて考察していこうと思います。(以下、その女性をAさんとします。)


Aさんとの出会いは講演会の中で自由に動き回る内容のものがあり、Aさんが私の方へ寄ってきたのがキッカケです。

その後、ほうじさんがAさんと話したらいいと言い出し講演会の途中休憩にAさんと話すことになり、講演会が終わったら私とほうじさん、そしてAさんの3人で食事をすることになりました。


その時の話した流れは省略しますが、Aさんという人物像はスピリチュアル街道まっしぐらで服装から思考に至るまでどっぷりとスピリチュアルに嵌っていて、レイキヒーリングも習得しているとの事でした。


恩師の講演が終わりその後、恩師とは全く関係無いがミニコンサートがあり成り行きで参加することになりました。
ミニコンサートの内容は美化し過ぎていて事実だけ見つめると、人に聞かせる内容か?と疑問視するミ
ニコンサートでした。

そして、コンサート終了時に食事に行きましょうと話したところAさんはお誘いを断ってきました。


普通に断ったのならこのブログの記事として成り立たないのですが、普通に生活していると聞きなれない言葉で言ってました。


その女性はこう言って断りました。


『うえが行くなと言っています。』


うえって、そんな断り方があるのか?と一瞬固まりました。


普通の人は何言っているのか不可解な事だと思いますが、ある程度スピリチュアルが浸透している方はご理解出来るかと思います。


このAさんが言った『うえ』とはハイヤーセルフ、若しくは自分の中の神という存在を指します。


ハイヤーセルフは違う言い回しでは高次元の自我や自己の深層心理と解釈します。


私達とAさんとは縁が無かったと思いますが、『うえ』という存在に頼り切りにしているらしくそれを乱用するのはどうでしょうか?


ハイヤーセルフを多用するのは個人の人生ですから心を強く保つシステムとして利用するには大いに活躍すると思います。

人生が良き方向に向いていると深層心理を変える必要無いと思いがちですが、一度は我を振り返るという気持ちで深層心理も見直すと人生のステップ アップに繋がるという点は強調しておきます。

人生のステップ アップとは個人が思う幸せと思って頂けたらと思います。

深層心理はこれまでの個人の人生史ですから、書き換えるといっても中々書き換えることが出来ずに苦労すると思いますが、そこ忍耐力で頑張って頂けたらと思います。


又、深層心理はトラウマが含まれていることがあるので見直す事で、より楽しい人生が送れると思います。

深層心理を書き換えるには、人生史を振り返り良かった事、嫌だった事を抽出し、その時にどう考えたか?どういう状況か?環境か?行動について現在はどう考えるか?という一連の作業を書き出し、その書き出した内容について、これからの生活に必要な点と不必要な点を整理していくとやや深層心理の書き換えもやり易くなっていくと思います。


ポイントは人生の抽出をより細分化するところです。


この方法を使うと深層心理の書き換えも自分一人で出来ると思いますが、一人で考える自信の無い方はカウンセリング等を利用するとより容易にしてくれると思います。


ただ、日本のカウンセラーがどうこの点について取り扱ってくれるかはわかりませんので自己責任で行動して下さい。


スピリチュアルは正しく理解すると基本は自己啓発ですので、より良い人生のツールになりますから正しく活用して欲しいと思います。


毎日、毎日生きていると一つ一つの行動を軽視しがちです。

この行動を意識して行動してみると日々の人生が充実してくると思います。


食べたり、飲んだり、見たり、匂いをかいだり、触ったりとどんな行動にも一つ一つ味わうかのように意識してみると、自分に取って今必要な事と必要で無い事が少しづつですがみえてきます。


私の自論なのでどう考えるかは読み手の意識次第ですが、小さな事でも意識しておこうなうことは今を生きているという実感が、意識しない時と比べて自分の人生を生きていると認識が高まります。


ストレスの多い社会情勢で自分の生きがいって?


自分が生きている目的って?


生きることの意味って?


ということを自己喪失しがちですが、自分の居場所、自分の生きている証というものは私が解釈するに、一つの細かい行動を意識して楽しみ味わうことで次に進むべき自分や生きているんだという強い信念が芽生えてくる一つの方法であると思います。


昔もそうですが、生きるというのは自己責任が常に付きまといます。


社会や環境、状況をどうとかいう前に自己の行動一つ一つに意識を向けると、そこに価値が存在し価値が新たな力を生み出すエネルギーに変換されると私は信じています。


今という時を味わって生きましょう。


合掌




龍水洞 URL 


http://www.ryusuidou.com/



昨日の夜からややだるい感じがあり、今日の朝『やっぱり風邪になった』とやや憂鬱な一日が始まりました。


ほうじさんから『私にもうつったんじゃない。あぁ 頭痛と生理痛が一緒になってるのよ。 どうしてくれるのよ!!(怒)』と吠えまくるほうじさん。



ほうじさんの様子はまさに・・・・



怒 怒 怒 怒


という雰囲気を醸し出していて。


弁償といっても、どうしようもなく沈黙する私。


そうして、朝の掃除が最悪な雰囲気から始まって掃除も終盤になった所で、コンセントを入れたままの状態で掃除機の電源をOFFにしていたら突然!


ブィィーーン と一瞬掃除機が動き出す。


構わないフリをしながら掃除をチラっと見るとまた、 ブィィーーン と掃除機が不自然に動き出す。


不審に思った私は、掃除機の電源が中途半端に入になっているのかと思い掃除機を確認するが、やはりOFFになっている。


私は一度電源を入にしてみると普通に動き出す。電源の誤作動ではないか?と確認するが原因が解らずそのまま放置。


しかし、数秒後にはまた掃除機が一瞬動き出す。


実は前にも電気機器の誤作動という不可解な現象がほうじさんが怒っている時に限り起こったことを思い出し、ほうじさんにまだ怒っているのか?とお伺いを立ててみたら。


『あたり前じゃないの!!』


と変わらずの怒りマークなほうじさんに。


優しさ満面の笑顔で謝罪するも、嘘っぽいとほうじさんに鋭く突っ込みを入れられる私。


とりあえず、その場をやり過ごす為に掃除機のコンセントを外して置くことで私の中では勝手に落ち着きました。


その後、ほうじさんのお怒りが静まった後に朝、何か不審な事はなかったか?と意味が通じない問いに対して、『怒ってたんだよ!』と言われ、頭が下がる私。


続いてほうじさんは、朝私の事でイライラしながら携帯を見た時に画面が一瞬黒くなり画面表示が無くなったと言っておりました。


そして付け加えるかのように厳しい口調で。



『壊れたら弁償してよ!』と一言鋭い眼で見られました。



※掃除機は数時間後復活を遂げて何事も無かったように正常になりました。



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近くの歩道を歩いていると自転車に乗りながらくわえパイプで、ぷかぷか吹かし交通安全推奨委員という腕章を付けているおじさんに、交通安全の指導はされたくないと思う龍鳳です。


今日は自家製のイカの塩辛作りに挑戦しました。



霊能者 龍鳳の日常

写真を見たところで美味しさは全く理解出来ないですが、私はイカの塩辛が全く食べれない男です。


どうして食べれないのか?という問いには市販の塩辛がとても塩辛いからです。


漬物も殆ど食べれない私が今回はイカの塩辛に挑戦してみました。


出来上がりを食べた感想はまず、塩辛さが全くありません。


ごろの旨みとイカの甘さが上手にマッチングした味付けになっており、この塩辛ならばお金を出して定食で食べても惜しくないと思いました。


龍水洞のほうじさんも私が作ったイカの塩辛を食べて、他所の塩辛は食べれないと嬉しい評価を頂きました。


ほうじさん曰く、調理師の免許を持っていないなら龍水洞のお客さんに出せよ!と言われました。(実現するかどうは定かではありません。)


他の方にもおすそ分けで塩辛を味わって頂けたらと思うのですが、ほうじさんが『駄目です!私の分が無くなります!』と言う反面、龍水洞のいらっしゃったお客さんには出してもいいという矛盾がやや感じられましたが美味しかったし、イカを1匹分しか作っておらず、今回の試食会は私とほうじさんだけでした。


皆さんも自家製はハンパなく美味しいので作ってみては如何でしょうか?


お店で買うのが馬鹿らしくなる位、美味しいですよ。^^




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今日はみっちりと正座してほうじさんに怒られてる龍鳳です。



霊能者 龍鳳の日常

フトアゴヒゲトカゲの前にあるカサブランカをじっと見つめていると葉が透けていることに気付いて、視線をズームしてみるとくっきりと葉脈が見えました。



煌くというか七色に光っているその葉を見ていたら、つい和んでしまってデジカメで撮影してみました。


普段は花を見ても大雑把に全体を見て綺麗だな!と観賞するだけですが、近くでみると自然の複雑さと脅威に気付き驚かされました。


切り花としていけている花もしっかりと強く生きているんだ!と考えさせられました。