今回はお盆の時に、当方に来て下さった信越地方で有名な浄霊師さんと相坂トンネルに行く事になりました。


本来は大阪~姫路コースで日中のみの観光がてらご一緒させて頂く予定であったが、深夜にも関わらず気さくな浄霊師さんはウチのほうじさんのお願い(私もだが)を聞き入れてくれて心霊スポットへと行く事になった。


とはいえ、車を走らせて相坂トンネルに向かったのだが、まさか山中とは知らずに私は姫路の街中で運転している最中にあるイメージが浮かんできた。


<何処かの山中の広場にて3人が星を見ている風景である。>


私自身、今回の心霊スポットに行く時には相坂トンネルとはどういう所なのか?車の通りの多いところか、山中にあるのか全く聞かされていないので、このイメージはきっと信越地方に行った時に行くところなのかもしれないと記憶の片隅に置いて置く事にした。


その後、姫路からわずか15km足らずの距離にも関わらず、どんどん田舎の方面へナビが道を指し示していた。(ナビの設定はほうじさんがしていました。)


そうして、田舎の住宅街を通り過ぎる辺りで小学生が私達と同じ方向を進んでいるのが見えてきた。


こんな夜更けに自転車をこいでいる小学生、5~6人は何処へ行くのだろうと思いながらも小学生を追い越し車を進めて行った。


少し進んだ所で真夜中にも関わらずナビがちゃんと作動しなくなり、とりあえず行ける道は全て行きましょうということになって、お地蔵さんがある辺りで右折してみると何やら廃神社らしき所へ車が行きついてしまった。


雰囲気はとてもいいとは言えない場所で私を含め3人が、『導かれましたね!』と同じ意見であったが、当初予定の相坂トンネルへまずは行く方針になり今来た道を引き返した。


そうして、お地蔵さんがある所へ戻ってみるとさっき車で追い越したであろう小学生を見つけたので、浄霊師さんが相坂トンネルへの道を尋ねてみると実はその小学生も肝試しで同じトンネルに行くというのだ。


小学生が言うには相坂トンネルへ行くにはこのお地蔵さんの奥へ行くとあるとの事で、またまた小学生を追い越す形になったが相坂トンネルへ車を進めて行った。


車はどんどんと山中へ進んで街灯らしきものも見つからない程の田舎道へ進んで行くとそのトンネルは姿を現した。

最初、車で通過するはずであったがトンネル内はとても狭く、車一台がやっと通ることが出来る程度の狭さであった為にまずは歩いてこのトンネルを検証することになった。


トンネルの直ぐ前にある道は少し坂になっていて車を定位置に止める前に浄霊師さんとほうじさんは車を降りてもらって私は、車を道路の脇でバックして車を止めていると先ほど追い越して来た小学生が私の車を通り過ぎてトンネルに向かって行きました。


そうして、やっと私は車を駐車して浄霊師さんとほうじさんの側に行くと二人揃って、さっきの小学生は何処に?と言うのです。

私は車を止めていたのでその二人の言葉がよく飲み込めないでいたのですが、確かにトンネルへ入っていく姿は二人共見ていてが、その後トンネルへ入ると物音もしないし姿も全く見ないというのです。


霊能者 龍鳳の日常-相坂トンネル入口


二人はそう言いながらもトンネルの検証を初めて行きました。


私は二人より少し遅れてトンネルへと入って行きました。


遅れて入った理由は写真を撮る時に出来るだけ人を入れたくないというのが主たる理由です。


距離はこんな感じです。

↓    ↓   ↓



霊能者 龍鳳の日常-相坂トンネル2

---明日へ続く


*トンネルに入る前に礼拝をしております。

UFOって未確認飛行物体ですがつい先日、バルコニーから不思議な光を見ました。


夜、20時位から21時位まで自宅バルコニーにほうじさんがUFOが来るかも?ということで夜の空を観察していました。


その日は普段よりも飛行機(旅客機を除く)が多く飛んでいて、まさか?何か日本で何か起きるのか?と思わせる程空のあちらこちらで飛行機を見ていました。(大阪なのに物凄くハッキリと流れ星も見ました)


その中でも視界で確認出来る奥の雲より明らかに手前にあり、そして、異常な程明るい物体が宙を浮いていました。


とはいっても目視なので、どのような物体であるか確認出来る程近くにはなく、ただ普通の飛行機のように移動することでもない奇妙な光が一つありました。


その光は数十分停止していてその後、非常にゆっくりと上昇し、止まったかと思うと少し小さくなり(遠くの方へ移動したのか)そして、止まりました。


そして、その光よりも手前にある雲がその光の前を通過し雲が過ぎ去る数分の間にその光は消えてしまいました。


これをUFOと呼ぶにはとても短絡的過ぎますが、他の飛行機を観察した結果、飛行機であると過程するならその光は私達の方へつまり、光を照らす方へ飛行し光が強くなる筈であるにも関わらず、数十分に渡り光の大きさは均一で明るさも同じでした。


そして、飛行機ならば旋回する際に中心の明るい光以外に点滅する光を発しながら飛行する点に於いてもこの光は一点しかなく、不可思議でした。


仮に飛行機でなくとも星と仮定しても星より奥に雲があるのはおかしいし、何より雲が横切ったからといって消えてしまうことはないと思います。


万が一に光が強い為、スパーノヴァだとしても雲よりも手前に位置するのは絶対に無理があると思います。


聞いた話によると金星近くにUFOの基地があるとかでもしかしたら、その基地から来た超巨大なUFOがその時間帯に存在したのかも?と思うと不思議な気持ちになってしかたありません。



先日の暗示 その一からの続きです。


暗示 その一を纏めてみると


1.不安や恐怖を感じることによって暗示にかかりその通りの結果に結びついてしまう。


2.暗示に掛かり易い、掛かりにくいは個人差はあるものの深層心理により、暗示に掛かっていることに気付かない場合がある。


3.暗示は不安や恐怖を克服することが乗り越える術であるが、冷静に物事を考察しなければ暗示に掛かってしまう。


4.深層心理には過去に受けたトラウマが引き摺ってしまう場合があり、不明瞭は点については明確にすることが暗示に掛からない秘訣である。


5.不安や恐怖についての深層心理は自身で気が付かない場合があるので、冷静に物事を見つめて考える人(否定を前提に考察するのではなく、否定や肯定をするのではなく客観的に背景を考えることが必要)に話をしてみる。


6.自分の人生を客観的に見てみる。


7.感情に流されない


8.人生の選択肢を単純に考えないで、じっくりと理解する。


9.暗示による行動を抑制するのに問題となる点について時系列で細分化しみなおしてみる。



以上のようなことが暗示によって危険や嫌な行動や結果を回避する考えかたの一つですのでご参考までにブログに掲載してみました。



今回この記事を書くにあたって、題材に悩んでいる私に龍水洞スタッフより暗示という題材を提供してもらいました。



暗示を考察するにあたり最近は不安や恐怖を煽るという事が定説のようです。


一昔前までは定義付けが使われていたが、その時代が過ぎ去ってしまいある意味、私個人としては残念です。


この暗示についての発進元でもっともメジャーなのがマスメディアが特に身近なのではないだろうか?


テレビショッピングなんかはまさに奥様や女性に対して格好の餌食である。(暗示という考え方では流行や社会制度、政治も含む)


その次には雑誌やラジオでよく聞いたり見たりもします。


企業の商品戦略があちらこちらで人々を恐怖のどん底に落としまくっている様子は、滑稽でしかたありません。


そして、私がいましている仕事にも同じように暗示にかける人がいます。


ジャンル的には占いや霊感商法といわれている分野です。


この分野では多くの方は真面目に相手と向き合いそして、疑問や不安を解消する為に尽くしているのですが、一部の人はそうではありません。


暗示に掛かりやすい掛かりにくいというのは自分自身では判別しにくいですが、暗示から逃れる多くある方法の内、一つに的を絞って考えてみます。


それは物事を細分化して理解することにあると思います。


ある問題に対して問題を解決する方法が解らない場合や解決方法に対して理解が足りない場合に不安が恐怖となり暗示にかかりやすくなり、結果最悪な事態へと進んでしまいます。


他人から助言や言い放たれた言葉に対しては原因から途中のプロセスを細かく納得がいくまで話あったり、又は自分自身で一つ一つ考えていく必要があります。(自問自答する時は冷静さが少しでも欠けると暗示に掛かってしまいますのでご注意を!)


占い師や霊能者と呼ばれる人は話が上手な方が多く、さも納得がいきそうな説明をしますが恐怖や不安を感じるような発言を聞いた時には安心感が得られるまで追求して話されることで、その占い師や霊能者から受けた最悪の事態を踏む事が激減するでしょう。


この恐怖や不安については自身が考える以上に根深く深層心理に残っているもので、キチンと不安や恐怖が解消されないと自動的に最悪のケースを踏むように進んでしまいます。


なぜならば、人は楽しいことよりも辛いことの方が記憶として心に刻み込みやすいからです。


この場合、相手や社会システムとしての物事や事象から影響を受けづらい人、極端な言い方をすれば物凄く頑固で人の話等を聞かず自身が考えるような人生を歩む人は影響を受けづらいといえるでしょう。


日常的な側面から考えても楽しいことよりも人は楽しくないことを考える時間比率が多くなりがちです。

コンプレックスなども同じようにある一定の条件を見たり聞いたりと体験することで人生の時間に何度も蘇ってきます。


この蘇りをなくす為の生涯はとても険しく感じてしまって実際は違ってもとても大きなハードルになって心に刻み込まれてしまいます。


-----続く・・・



昔、矢追さんのUFO特集の番組をテレビを見たその夜に寝室の窓からと階段からグレイが自宅に侵入して来たを夢で見て一人驚愕していたのを今でも当時のように覚えています。


『遭遇を超えて』という本は、夢ではなく実体験に基づいたビジターとの接触記録が書かれています。


その本の内容を嘘か真実かを見極めるのは読者次第ですが、ビジターの可能性を考えると否定は出来ません。



本の冒頭は固い感じがして読みにくい部分もありましたが、ページが進むにつれ面白さが倍増します。


著者も有名な人でホイットリー・ストリバーさんが書いた本です。


夏は怪談も楽しいですがこの本も楽しいですので、興味のある人は読んで見て下さい。