自分たちの主義・思想に反する者は排除する!、どんな手段を使っても
この究極が暗殺やテロでしょ?
そして、その結果を喜ぶ者は賛同者でしょ?
人の死を喜ぶその倫理観が良い倫理観と言えるのか?
アメリカの政治活動家、チャーリー・カーク氏が銃撃され死亡したことを喜ぶ人たち
チャーリー・カーク暗殺後、すうに両手を上げ喜ぶ男が特定されアメリカでは大炎上している。この男は射手の位置を正確に知っており、暗殺者の潜む場所を振り返り、抑えきれずに歓声を上げたという噂もある。確かに事前に知っていないと、すぐにこの反応はできない。pic.twitter.com/AHD3P5XGox
— 髙安カミユ(ミジンコまさ) (@martytaka777) September 12, 2025
チャーリー・カーク氏の暗殺が良かったと答えるアメリカの学生達
— May_Roma めいろま 谷本真由美 (@May_Roma) September 11, 2025
学生達は大学で左様思想に洗脳されている
pic.twitter.com/Ott8uqQcWL
チャーリー・カークの死に関し彼女はこう言った。『彼の妻だって地獄に落ちるべきだ。お前ら、彼の妻や子供の話ばかりしてるけど。奴らも消すべきだ。だって同じ考えを継いでるんだから。家族全員を消せ。祖母も連れてこい。』彼女はチャーリーの話を一度も聞いてないはず。pic.twitter.com/WKAuc4mU7V
— 髙安カミユ(ミジンコまさ) (@martytaka777) September 14, 2025
人の死を喜ぶその倫理観が良い倫理観だと思っているなら、口では戦争反対を訴えていても、無意識に戦争へと突き進むことになるだろう。
戦争へと突き進まないようにするには、最低限、人の死を喜んだりしない倫理観が必要だ。
上っ面だけで人権、命は大切、軍国主義反対、戦争反対を訴えていても、「人の死を喜ぶ」時点で、人権も命も大切に思っておらず、無意識に軍国主義、戦争、ファシズムに進んでいるということなるが、それに気付けないほど、思考の偏りが酷くなっている人たちが存在している。
まだ酷く偏っておらず、「人の死を喜ぶ」という倫理観に違和感を覚える人は、そんな人たちから距離を取ることだろう。
そして、より「人の死を喜ぶ」人たちの異様さが際立ってくる。
日本にも「人の死を喜ぶ」倫理観の持ち主がいる
このひどい会話は絶対忘れない。
— 長尾たかし・元衆議院議員 (@takashinagao) September 11, 2025
彼らの醜い心の内が現れています。 https://t.co/N8iG40i7lW
アメリカの保守活動家チャーリー・カークの暗殺を喜び、からかう一部米左翼の発信が当然ながら怒りを買っている。
— 島田洋一(Shimada Yoichi) (@ProfShimada) September 11, 2025
日本では、「安倍首相暗殺が成功して良かった」とうそぶいた島田雅彦法政大教授が、解雇されることなく居座り、その法大に年間30億円の私学助成金が税金から渡され続けている。… pic.twitter.com/WH3bx2KjJC
こいつらも忘れないでください
— アドレナリン (@MVP2500) September 11, 2025
pic.twitter.com/JlEC4Vi3RD
このような人たちは、「人」を見ず、「主義・思想」しか見ていない。
「人」を見ないということは、人権も命も見ていないも同然。
だからこそ、平気で人の死を喜ぶ。
本当の意味で、人権や命を大切に思い、暴力や戦争を防ぎたいのなら、「人の死を喜ぶ」その心、倫理観を改め、最低限、「人の死を喜んだりしない」倫理観を持つ必要がある。
「人の死を喜ぶ」人が居なくなれば、暴力や戦争に至ることも無くなっていくだろう。
私は人として、「人の死を喜ぶ」までに成り果てたくはない。
誰の人権も命も大切であり、暴力や戦争で物事を左右するような世の中にしたくはないので。