実に偏った思考の社会学者だ!

 

これほど偏った思考でも「社会学者」がまかり通ってしまう社会だから、社会が偏り不安定になるのだろう。

 

 

相手を殴る蹴る、子供を虐待する、子育てに関わらない、養育費を払わない者に、人種、国籍、性別、時代は関係なかろう。

 

日本の男だけに存在する問題ではない!

 

夫を殴る蹴る妻もいるだろうし、子供を虐待する妻も、子育てに関わらない妻もいるだろう。

 

「日本の男」と限定して指摘することではない!

 

「日本の男」に恨みでも?

 

そんな偏った思考で社会を正しく客観視できるのか?と問いたい。

 

 

 

どこの国でも、どの人種でも、どの民族でも、

 

暴力を振るわない男、子供を虐待しない男、子育てに関わる男、養育費をしっかり払う男だって大勢いる。

 

暴力を振るう女、子供を虐待する女、子育てに無関心で料理も掃除もしない女だっているだろう。

 

つまり

 

「日本の男」に限定して批判、非難する必要が無いということ!

 

「日本の男」に対し偏見を持っているか、恨みでもある人物でない限り、「日本の男」に限定する必要は無い。

 

 

 

そもそも、「日本の男」を偏見で誹謗中傷し、蔑んだところで、「日本の女」の地位が向上するものではない。

 

相手を蔑んで自分が上に立ったような錯覚を得ているだけだ。

 

事の本質を見失っては、物事は真っ当な方向へは進まない。

 

いい加減、偏見、恨み、憎しみが根底にある主張で、社会を捻じ曲げ、偏らせ、余計なストレスを与えるのはやめるべきだ!

 

皆が等しく不幸になるだけ。

 

そんな社会を望んでいるのだろうか?上野千鶴子氏は。

 

 

 

そして、そんな上野千鶴子氏を褒め称えている人も・・・

 

現実社会が見えていますか?、偏りが見えていますか?、偏りが見えていないとしたら、あなたも同じように偏っているからではありませんか?

 

大丈夫ですか?

 

水平を維持できないようでは、社会を変に偏らせることになりますよ!

 

何事にも、事の本質を見失わず、バランス感覚を保つことが大切!

 

それができない者が人々の代表になどなってはならない。

 

船長なら沈没、機長なら墜落、独裁者なら締め付けと争乱で多くの人を犠牲にする事態となってしまう。

 

 

 

やはり!言っていることと実際にやっていること、言動が一致していない者はダメ!

 

 

「平等に貧しくなろう」などと主張しておいて、自身の富は手放さないつもりだろ?

 

主張するからには、まずは自身が富を手放し日本国民の平均値に合わせた生活を試みてはどうだろう?

 

言葉は語るにしても書くにしても如何様にでも繕えるもの。

 

あれだけ分厚い小説を書く村上春樹氏のロシアによるウクライナ侵攻に対するラジオ番組内のコメントを聞いた時、「え、これだけ?、本はあんなに分厚いのに生の声によるコメントはこんなに薄っぺらく熱の無いものなの?」と思ったものだ。

 

それもそのはず、ラジオ番組内の生の声はその場で繕うにも限界があるが、小説は見栄え、聞こえの良い単語を沢山探し出し、いくつも連ね、何度も繰り返し積み重ね綺麗に豪勢に繕うことができる。

 

小説に厚みがあるからとて、それを書く人物にも厚みがあるとは限らないということ。

 

やはり、人物は実際の行動で判断すべし!

 

 

 

それにしても、この人がこの人の考えを称賛ねぇ・・・