「福島第一原発の処理水にはトリチウムが含まれているから危険であり、絶対に海洋放出してはならない!」

 

「海洋放出しても安全だと言うならば、その水を飲んでみろ!」

 

なんてことを言っている者も、実はトリチウムを含んだ水道水を飲んでいたりする。

 

 

 

「いや、水道水にはトリチウムが含まれていることを知っているので、料理や飲み水としては使っていない!」

 

なんてことを言っている者も、実はトリチウムが含まれているミネラルウォーターを飲んでいたりする。

 

 

 

「いやいや、トリチウムが含まれていないミネラルウォーターを飲んでいる!」

 

なんてことを言っている者も、実はトリチウム以外の放射性物質が含まれたミネラルウォーターを飲んでいたりする。

 

 

 

そもそも、放射性物質は自然界に普通に存在している。

 

放射線の無い生活を求めたところで不可能。

 

トリチウムは自然界には存在せず、原発や原発事故からのみ発生するとでも思っているのだろうか?

 

だとしたら、水道水に含まれているトリチウムはわざわざ浄水場で加えているとでも?

 

そんなことする意味ある?

 

それとも、福島第一原発事故によって放出されたトリチウムが川に流れていて水道水にも含まれたとでも?

 

だとしたら、なぜ、事故前の水道水にも含まれていたの?、なぜ、他の国でも含まれているの?

 

トリチウム放射性物質⇒危険という実に単純で安易な思考なのだろう。

 

なぜ、トリチウム放射性物質自然界にも存在している基準値以上なら危険基準値以下なら問題ないという思考に至らないのか?

 

トリチウム放射性物質という部分までは知識としてあり、放射性物質危険という単純な知識と結び付けただけで終わっているのだろう。

 

つまり、お勉強が足りていないということだ。

 

新たな物事について考える時に、これまでの知識だけで考えるのには無理がある。

 

新たな物事についての新しい知識を学び、これまでの知識に新しい知識を付け加えて考えるのが筋だろう。

 

頭を使うとはそういうことだ。

 

これまでの知識だけで、まるで無意識に反射的に思考するから、トリチウム放射性物質⇒危険という発想でしかないのだろう。もはや思考でもない。

 

インターネットで正しい情報を調べ知ることもでき、日本なら各地に図書館もあるというのに、なぜ、もう少し学んでから言葉を発しないのか?

 

面倒?厄介?考えたくない?頭を使いたくない?

 

だったら黙っていればいいものを、なぜか関わろうとし、知識が足りていないのに声高に主張する。

 

インターネット上でツイッターなどを使い簡単に主張できるけども、自分自身にそれに関してどれだけの知識があるのか、どれだけ広い視野で物事を見ているのかなどを自己診断してから、がっつりと考え頭を使ってから主張すべきだろう。

 

そうでない者が世界中に言葉を吐くということは、雑音、騒音を発しているに過ぎない。

 

発言や主張する権利はある。

 

だが、雑音や騒音、デマを発していいわけではない。

 

不勉強で間違った主張をしようものなら、それはデマになってしまう。

 

そして、デマは世の中の役に立たず、むしろ世の中を混乱させるだけなので、雑音や騒音と同等ということになる。

 

ネット上で反射的に言葉を発するのではなく、一呼吸置いて、「どこかに間違いはないか?」など人間らしく頭を使い考えてから発するのが正しい人間の行動だろう。

 

 

 

私もそれなりに調べ、知り、考えましたよ。

 

その一部。

福島民友新聞 「【風評の深層・トリチウムとは】体内には常に数十ベクレル存在」

 

 

日本科学未来館 「質問: ミネラルウォーターに放射性物質?」

 

 

 

 

間違ってもこんなことをしてはいけません!

 

リアルライブ 「立憲・原口議員、デマ情報を拡散? 処理水巡り海外商品の英語紹介文を引用し批判相次ぐ」

 

 

政府批判一心で探し出したのが「商品の英語紹介文」だったのでしょう。

 

動機からして人としてどうなのか?

 

そして、ど素人の私でも疑わしい情報だと分かる情報を、あたかも事実であるかのように掲載したというのは、デマを拡散したも同然の行為。

 

実に安易で、実に反射的な愚行だと思う。

 

だからこそ、後にツイートを削除し、ズレた謝罪もしているのだろう。

 

 

 

だから言っているのです!

 

不勉強で間違った主張をしようものなら、それはデマになってしまう。

 

そして、デマは世の中の役に立たず、むしろ世の中を混乱させるだけなので、雑音や騒音と同等ということになる。

 

ネット上で反射的に言葉を発するのではなく、一呼吸置いて、「どこかに間違いはないか?」など人間らしく頭を使い考えてから発するのが正しい人間の行動だろう。

 

と。

 

私も原口一博議員のようにならぬよう、しっかりと客観的事実をもとに言葉を発していきたいと思います。

 

一般のど素人が「原口一博議員のようにならぬよう」って・・・もう滅茶苦茶!

 

どっちが国会議員なのやら。