8月6日といえば、アメリカが広島で大量虐殺を行った日です。
「広島で原爆が投下された日」などとニュースなどでは言っていますが、
そんな表面的な言い方ではなく、事の事実をしっかりと表現すべきです。
アメリカが広島で暮らす武器を持たない一般市民、赤ん坊もお年寄りも男性も女性も無差別に数秒間で何万人も虐殺した日。
日本は降伏し、世界に対し謝罪し、被害を受けた国に対し賠償金を支払い、これまでの国を改め、憲法から国を作り直し、焼け野原で資源も食糧も無い状態からここまでやってきました。
その間、この虐殺については一切の謝罪もありません。
それどころか、「原爆投下は正しいことだ」などと主張することもある。
その行いについて、良いことなのか、悪いことなのかをしっかりと考えるべきだ。
戦争を始め、アジアに侵攻したことは悪いことだとして日本は謝罪し、賠償金を支払い、軍事裁判でも裁かれた。
戦争を始めた事情など一切考慮されることなく。
ならば、原爆投下についても事情など考慮されることなく、良いことなのか悪いことなのかを考えるべきだ。
日本に戦争をやめさせるために原爆を投下したのだ と言い、原爆投下を正当化しようとするが、
それが通用するならば、
日本は欧米諸国による経済制裁から生き延びるためにやむを得ず戦争を始めたのだ という言い方が通用してしまうことになる。
どんな事情があろうとも、戦争を始めるのは悪いことだ。
どんな事情があろうとも、原爆を使うのは悪いことだ。
なぜ、そうならないのか。
どんな事情があろうとも、武器を持たない市民を無差別に殺害することは悪いことだ。
どんな事情があろうとも、武器を持たない市民を無差別に原爆で殺害することは悪いことだ。
なせ、そうならないのか。
アメリカは、刀や銃で市民を大量虐殺することは悪いことだが、原子力で市民を大量虐殺するのは悪いことではないと考えているのだろう。