7月3日に行われた党首討論会での、社民党福島党首から安倍総理に向けての質問に対する安倍総理の回答に「ん!?」と引っ掛かる部分が
「憲法というのは権力を縛るものという側面があります。がしかし」
「民主主義の国家である以上、権力を縛るものであると同時に国の姿について書き込むものでもある。」
というような発言をしていた安倍総理。
どうも引っ掛かるものがある。
「がしかし」と言った時点で「え!、それ以外に何が?」と思ったが、
国民のものであり、国民のためのものである憲法によって、国民は様々な権利を保障され、義務を負い、権力から守られているわけだが、
国の姿についても書き込む必要があると安倍総理は答えている。
国の姿とは・・・
こうあるべきだという国の姿を誰が定め憲法に書き込むのだろう?
そこが引っ掛かってならない。
政府や一部の官僚などが定めて書き込んでしまったら、国民のものであり、国民のためのものである憲法ではなくなってしまう。
その時点で立憲主義でもなくなるだろう。
一部の勢力によって国の方向性を決められ、それを憲法によって国民に強いるわけだから。
何歩か譲って、国の姿を書き込んでも良いとしよう。
しかし、その国の姿を決めるのは国民であり、憲法に書き込むのも国民でなければならない。
自民党が考えている国の姿とは自民党が考えたものであって、国民が望む国の姿とは断言できないと思うが
その辺はどうなのだろう?
これははっきりとさせておかねばならない。